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吉野川の上流の平野川にかかる橋を渡れば、高見山北西山麓の平野の集落に入る。バス停の手前に「たかすみの里」という村営の温泉施設がある。霧氷バスに時間もあり、バス利用者は少し割引もあるので、下山した足でさっそく入って汗を流した。 ◇木の浴槽でぬくもり 山里の温泉 ![]() 村の農産品の販売も行われていた。干しずいきや無漂白の干し大根など、ちょっと懐かしい感じの加工品が多い。吉野の山野に自生するヨモギ、吉野葛をくわえた太めの素麺「たあめん」は物珍しさもあって買ってみた。長引く林業の不振で、村を取り巻く環境は厳しいが、山の恵みを生かした取り組みを続けている。関西からも中京からも霧氷目当の多くの登山者をひきつける高見山があることは、村にとって大きな強みだろう。 ◇秋、高見山越えの風がさらにはね返り ![]() 家屋への被害を防ぐため家の風上側に防風林や防風垣が設けられ、建てられて200年経つ亀本さん宅でも杉の高木数本が隙間なく植えられている。それでも、防風垣が強風で倒されてしまう家もあったという。「昔は屋根を杉皮で葺いていて風で飛ぶのを防ぐため、平野川から石を運んで来て屋根の上に載せていました。私の家はわら葺きなのでトタンをかぶせています」と亀本さん。 亀本さん方の前庭の角には自然石の道標がある。刻まれた文字は読みにくくなっているが、北西へ進む道は菟田野(うたの)に向かう昔の主要道だ。かつては宇田分水(うだみくまり)神社門前の古市場が交易の中心で、平野からも古市場に買い物などに出かけたという。14歳の時、大阪の軍需工場に「志願」でゲートルを巻いて働きに出た亀本さんは、終戦で帰郷。ずっと林業に携わりながら畑も耕してきた。「山仕事をする人もめっきり減りましたが、ここはやはり林業。私は今でも山に入っています」と元気に話した。 (文・写真 小泉 清) →本文のページへ戻る |