氷ノ山の紅葉  兵庫県養父市             

   
        氷ノ山の紅葉
       兵庫県最高峰・氷ノ山の山頂から広い斜面伝いに紅葉が下りてくる

・時期  樹種で異なるが10月中旬〜11月中旬

・交通案内  
JR山陰線八鹿駅から全但バスで鉢伏口下車(本数少なく、日帰りなら利用困難)。
大阪、神戸方面から車なら中国自動車道〜播但自動車道和田山IC〜R9

電話 氷ノ山鉢伏観光協会(079・667・3113)、養父市役所商工観光課(079・664・0285)

                                =2012年10月22日取材=
        
 
  兵庫と鳥取の県境に立つ氷ノ山(ひょうのせん)。兵庫県で最も高い標高1510mの山頂から広い山すそには、力工デ、ブナ、ドウダンツツジなどさまざまな広葉樹の紅葉や黄葉が駆け下りていた。

  但馬の奥深く、駆け下りる豊かな秋

 国道9号線を鳥取方面へ西へ進み、氷ノ山山麓の福定に入る。民宿を営みながら登山やスキーの指導・啓発を続けてきた西村義雄さん(77)を訪ねると、「週末の登山大会の下見に」と登山口の親水公園まで送ってもらった。昨秋の台風被害で流された橋に代わって西村さんら地元の人がかけた丸木橋を渡り、円山川の源流・八木川沿いの登山道に入った。

 布滝を見上げて何回も曲がりながら登る急な山道を上がる。何度目かの曲がり角の手前でで西村さんに教えてもらっていた「連樹」が目に入った。ホオの木の老木が枯れて一部空洞になっているが、そのまわりにネジキやナナカマドが伸び、老木を支えている。このあたりイワカガミがつややかな緑の葉を連ねている。

 登山口から50分ほどで木の地蔵が安置された地蔵堂。単独行で知られる戦前の登山家・加藤文太郎(1905−36)が、神戸の造船所勤務の間を縫って氷ノ山に登った時、寝泊まりした場所だ。このあたりから杉の植林も切れ、落葉広葉樹の葉の色づきも増してきた。ホオやトチなどの大きな葉はすでに落ち、山道は落ち葉に敷き詰められている。力工デの中でもよく目につくのはウリハダカエデ。若木の木肌がマクワウリに似ていて、ハウチワカエデなどと違って切れ込みは目立たないが、黄から朱色、真紅と色合いがさまざまに変化している。

 標高1000mを超えたあたりからミズナラに続いてブナの木々が目立ってくる。木地屋跡、弘法の水を通り、鳥取県からの道が合流する峠・氷ノ山越に着いた。山陰地方から伊勢参りをする人が通過したところで、天保十四年と刻まれた石仏が建てられ旅人を見守ってきた。

  ◇色づき多彩に 県境尾根に続くブナ林


  兵庫、鳥取県境の稜線を南に進むとブナ林が続き、ふた抱えを超す幹周りの木も出てくる。。灰色の滑らかな幹から伸びる枝を包み込むように繁る葉は、秋のやわらかな日差しを受け浅い黄色から深い黄へ、そして褐色へと微妙に変わっていく。このあたりは高度1200〜1300mと季節の進み方が早いのか黄葉から紅葉に進んだ葉も多い。黄金色の葉を見せるのは1、2日の間だけというが、ブナの赤い葉も魅力がある。高度をかせぐにつれて落ちていく葉が増し、木々の間から山頂が見えてきた。山頂から続く雄大なスロープがさまざまな木々の紅葉や黄葉に染まり、青空に映える。

 
 ブナ林を抜け、ツツジ類などの灌木を横に、甑岩(こしきいわ)を巻いてつけられた木道を上がって、歩き始めて4時間弱の午後1時、笹に包まれた山頂に立つ。北側の鉢伏山から扇ノ山まで四方の山が見渡せる。峰々に広がる雄大な紅葉の景色を近畿で見られるのは嬉しい。南の二の丸への尾根道を少し進むと、右手に樹齢300年のキャラボクの古木が常緑の葉を広げている。

 
  ◇落葉広葉樹林が育む命、共生を求めて

 秋晴れの登山日和だったが、頂上にいると強い風が吹き上げてきた。頂上で休んでいた4、5人の登山者とともに避難小屋に駆け込んだ。夕方から天気が崩れてくる前触れのようだ。女性的な山容ながら、冬は厳しい気象条件と地形でルートを見失いやすく、過去何人も遭難者を出してきた氷ノ山。厳冬期に日本海から吹き付ける風はどんなに強烈か想像もつかない。

 
 下りは高層湿原の古生沼、芦生杉の天然林「千本杉」を通り、標高1300mの神戸大ヒュッテまで下りると再びブナ林が続く。落ち葉で覆われた東尾根では、新緑の時期にはブナ林の足元を白や赤の花で彩る低木も、それぞれの紅葉を見せている。特に枝先に風車のように葉をつけるベニドウダンツツジの紅葉はやや紫を帯び、色彩の重なりの中でよく目立つ。11月下旬からの雪に包まれる世界を前に、ブナ林は豊かな彩りの季節を迎えている。

 それでも昭和30〜40年代に進められた杉の植林で、ブナ林をはじめ落葉広葉樹林はすっかり貧弱になったという。「尾根にも杉が植えられていったので、真っ白な本当の雪山という姿でなくなった」と話す西村さん。「クマが里に下りてきて危険だから射殺しろというのでなく、将来は落葉広葉樹林に戻して人と動物が共生していかなければ…」と指摘するが、林業の低迷でスギの伐採自体が少なくなっているので復元も容易ではないそうだ。幸い、氷ノ山越から山頂にかけてのブナ林はかなり古木となっているが、周囲には若木が成長しており、更新は順調に進んでいるという。春先の深い雪が種子を守り、新たなブナの命を育んでいくことだろう。

   ◇自然の本当の表情見ながら楽しむ登山を

 東尾根休憩小屋からは、「緩やかな下りで歩きやすく、自然林が良く残っている」という西村さんの薦めで、南東の尾根を進んで、午後4時過ぎに林道のまど登山口に下り立った。6〜7時間で氷ノ山の兵庫県側の一部を周回できるこのコース、登山道は山麓の集落の人々が分担して草を刈るなど手入れが行き届き、道標も整備されている。鳥取県側からに比べ山頂への距離や標高差は大きく、登山としての心構えは必要だろうが、そこを押さえれば但馬の深い秋の表情を満喫できるだろう。

 「自然に手を入れるのは最低限にしながら、山を安全に楽しみたいという人たちの声にこたえたいと活動してきました。登山道の草刈りをする時も、知識がないまま花の咲く植物まで刈り取ってしまわないよう注意しなければならないし、滝を全部見せようと木の枝葉を払ったら秘めやかな魅力が失われてしまいます。花や木々を楽しんで歩いているうちに自然と頂上に着くというのが、理想の山登りでしょう」。登山口まで迎えに来てくれた西村さんはこう話していた。

    
   雪も花も…古里の山の魅力伝え続けて  

                                                   
                                  (文・写真  小泉 清)