長田神社の追儺式  神戸市長田区      


・時期
追儺式は毎年、2月3日午後2時開始、午後7時ごろ終了。前日の2日に鬼役の練習、餅花飾りつけなどが行われる

・交通 
神戸高速長田駅、神戸市営地下鉄西神線長田駅から北へ5〜10分

・電話 
長田神社(078・691・0333)
   ← =2015年2月2〜3日取材

終盤の「御礼参り」で赤鬼・姥鬼・呆助鬼・青鬼と並び、松明をかかげて演舞する一番太郎鬼
 
 
  節分に「鬼は外」と豆まきで追われる鬼と違って、神の使いである7匹の善鬼が炎で災いを焼き尽くす長田神社(神戸市長田区)の追儺(ついな)式。室町時代からの形を伝える貴重な神事だ。2月3日午後2時から特設舞台で行われる本番を前に、2日午後の鬼役の練習、3日朝の須磨海岸でのみそぎと事前の行事から見せていただいた。

  時をかけ世代超えて 春呼ぶ鬼が躍動

 2日午前10時ごろ、長田神社の境内を訪れた。舞台と同じ広さの区画が縄で仕切られ、黒の紋付羽織に白い襟巻をかけた人たちが準備に動き回っている。この神事を取り仕切る追儺式奉賛会の皆さんで、副会長の大久保暁さんに日程や今年のハイライトを教えていただいた。鬼の中でも大役と呼ばれる餅割鬼は中村伸一さん(50)、準主役の尻くじり鬼は息子の中村浩亮さん(25)で、父子でコンビを組むという。

 伸一さんは鬼役の奉仕9回、他のすべての鬼を演じた人だけが務められる餅割鬼役は二度目だ。ふだんは会社勤めの伸一さんは「今回は震災20年の節目の年。街が大変な時期を経てきたことを想い起こし、平和とみんなの幸せを願って神の使いとして厄を払いたいです」。鬼役奉仕3回目の浩亮さんは「これまで務めた呆助鬼、青鬼と違い、主役と合った独特の動きをしなければなりません。父子で演じるのは長い歴史の中でもなかったそうで責任は重いですが、家族も喜んでいます」。初めての奉仕で呆助鬼を務める工務店経営平野祐允さん(35)は「奉賛会の方に声をかけてもらって手伝うようになり、鬼役として奉仕して厳しいところに身を置くことで、自分自身も成長できると思いました」と意気込みを語った。

   ◇父子で鬼役コンビも、本番同様に前日練習

 午後1時から鬼役は裏手の井戸で禊(みそぎ)を行い、素っ裸で33杯以上かぶる。ここだけは幕が張られ撮影禁止だ。白褌姿になった鬼役のうち、まず呆助鬼、姥(うば)鬼、青鬼、赤鬼、一番太郎鬼が松明(たいまつ)に見立てたわら束を持ち、歩き方、舞の動作と練習。それと入れ替わって尻くじり鬼と餅割鬼が練習する。

 これまで屋内で3日間練習をしているが、広い舞台を想定した本番同様の練習は、この日と当日朝だけ。奉賛会会長の西本隆一さんら鬼役OBの指導役が厳しく見守る。本番と同じように太鼓と法螺貝を奏でるが、囃子方を務めるのも鬼役経験者だ。「鬼の動きが法螺と太鼓に乗っているかどうか。また、鬼役の間で技量、経験にばらつきがあるので、動きが合っているか確かめます」と西本さん。途中、餅を柳の大枝に付けた餅花を鬼役が拝殿まで運び、両柱に飾り付ける。合間に井戸水の禊を重ねながら、練習は夕方まで続いた。

  ◇ 「寒いより痛い」海中の禊、声出し合い気持ちぴったり

 節分の2月3日、午前8時に須磨海浜水族園裏の砂浜で待っていると、長田神社に泊まり込んでいた指導役・世話役、鬼役と神職が到着した。まず、杭を立てて禊にかかわる場所を仕切り、焚火も用意する。白褌一つの鬼役の7人は砂浜を疾走して海に駆け入って肩がつかるほどの深さのところで七人が一列に肩を組み、大役の餅割鬼役の発生で声をかけ合いながら身を清め、また浜に駆け戻った。焚火で暖をとりながら海につかること7回、潔斎を終えた。

 神職の計測では今朝の水温は7度、気温は5度で、水温はまだ温かい方だという。「水温が低い時は寒いというより痛い感じですが、何度も入って声を出し合えば肌に赤みがさしてくる。そうなれば禊を終えると判断します」と指導役の方。餅割鬼役の中村さんは「海につかると、これから神事が始まるぞと気持ちが切り替わります」と話していた。引き続いて呆助鬼、姥鬼、青鬼、赤鬼、一番太郎鬼の鬼役は砂浜に並び、最後の練習で仕上げた。昨日と比べてもさらに気合いが入り、5人の動きがぴったり合ってきたように感じられた。

 その後、「太刀合わせ」が行われる長田神社北西の福聚禅寺に向かう。私の方は移動に手間どり、着いた時は本堂でのあいさつは終わり、境内で太刀合わせが始まっていた。ここでの主役は幼稚園児から小学生の男児5人が奉仕する太刀役。自分が差している太刀を抜いて鬼役に渡す「太刀渡し」と、鬼役から太刀を受け取り鞘に納める「太刀納め」の舞台を前にした練習の総仕上げだ。介添えをする肝煎(きもいり)の大久保裕章さんを中心に指導が続いた。今年初めて太刀役を務めるのは6歳の子で、和服姿のお母さんが頼もしげに見守っていた。

 昼食後、午後零時過ぎに鬼役、指導役、世話役、続いて太刀役が神社へ入る「練り込み」のために「鬼宿」に集まる。昔は旧家、ここ40年ほどは神社裏手の長田西山会館だったが、今年は長田商店街メインストリート脇の事務所としたため、多くの人が見に集まってきていた。行列は竹を引いた先達の神職二人、奉賛会長、法螺貝の囃手、肝煎、太刀役、最後に鬼役が続いた。鬼役は鬼になった時につける褌にする白木綿をほおかむりのようにして頭の上に丸め、左右に足を広く出す独特の歩き方でゆっくり進んだ。八雲橋を渡って宮入りする。

 ◇太刀役の男児、堂々の所作で受け渡し

 午後1時の節分祭の後、鬼役の7人は本殿奥の鬼室で鬼衣に着替え、神の使いである鬼になる。午後2時に太鼓、法螺貝の音が鳴り響き、いよいよ追儺式の本番が始まる。まず赤い面をつけた一番太郎鬼が松明を手に舞台東端に登場。西端まで「一人旅」で歩いて演舞し、これを3回続ける。その後は、赤鬼、姥鬼、呆助鬼、青鬼、一番太郎鬼の順で現れ、5匹そろっての演舞を二度行う。4時前に右手に松明、左手に斧を持った餅割鬼が登場。大役だけに面も角が3本、歯も鋭く迫力がある。直後に尻くじり鬼が腰に鎚、左手に大矛を持って舞台に上がり、餅割鬼に合わせて演舞する。

 このように7匹の鬼といっても、5匹と2匹ずつに分かれて動いているのが特徴だ。片足になって股を高く上げたり回転する動作もあるので、鬼役は相当の体力がないと務まらないだろう。鬼の演舞だけでなく、ずっと奏でられる太鼓と法螺貝の囃子は重要な要素だ。松明を取り替える世話役の動作も絶妙だ。

 このあと、太刀役の5人が肝煎とともに東端に立ち、次々上がってくる五鬼に太刀を渡す「太刀渡し」を行い、演舞が終わった五鬼からは西端で太刀を返してもらう「太刀納め」に当たる。昼前の「太刀合わせ」でみっちり仕上げただけに、子供たちは堂々と務めていた。

 ◇光と闇交差する中「十二か月の餅」割りフィナーレ

 餅割鬼、尻くじり鬼の2回目の舞が始まる頃には夕闇が迫り、五鬼の「御礼参り」では松明の炎が映えてくる。そして夜のとばりが下りた午後6時過ぎにはクライマックスの「餅割の儀」が始まる。五鬼が完全に退出した後、餅割鬼、尻くじり鬼が登壇。舞台中央に置かれた「日月の餅」と「十二か月の餅」を割ろうとする。餅割鬼は木斧を尻くじり鬼の木槌を交換するが、うまく割れない。再び取り換えた木斧で「十二か月の餅」を割ると、両鬼ともあっという間に舞台をかけ下りた。

 「追儺式」本番だけでも午後2時から7時まで5時間にわたる神事。さすがに全部を通して見る人は少ない。繰り返しの部分が多いので冗長に感じる人もいるだろうが、これが神事であり、古くからの形を残している所以だろう。今年は前日からの行事も加えて見せてもらい、精進潔斎して練習を仕上げて本番の舞台に結実させていく過程をとらえられて良かった。そして、子供から年長者まで地元の人々が一つになってつくりあげているこの行事が、大震災の年を除いて途切れることなく続いてきたことがわかる気がした。
                          (文・写真 小泉 清)

     気持ち一つに 大震災の翌年から途切れず

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