北上川水運の拠点地、御蔵につまる暮らしの歩み                                 
 今回の岩手山登山に選んだ七滝ルートでは、七滝をはじめ大地獄直下の焼切沢にかかる滝の景色を楽しめた。これらの滝の水は松川に注いで北上川となって啄木の故郷・渋民を通り、盛岡駅の南あたりで中津川、雫石川を合わせて南に向かう。北上水系の縁もあり、岩手山から下りた翌日は、盛岡の中でも北上川沿いの歴史的な街並みを回ることにした。

  ◇盛岡城下の玄関口、舟を繋いだ橋で参勤交代も
 

 さんさ踊りが始まる8月1日、開運橋近くで借りたレンタサイクルで、北上川を上り下りする船着き場があった新山河岸(しんざんかし)跡(盛岡市南大通3)=写真左=に向かった。雫石川、中津川の合流地点から700mほど下流で、盛岡から黒沢尻(北上市)を経由して河口の石巻まで舟が行き来したという。周囲には町屋のつくりをとどめた街並みや、由緒のある寺が多いが、かつての盛岡の玄関口だったことを示す番所や舟宿・舟倉をしのぶものは見られない。

  しかし、背後に白壁の大きい蔵があった。説明板によると、南部藩が飢饉に備えて備蓄用に建てた米蔵「御蔵」で、「下町博物館」となっている。興味をそそられたが「
土日開館」と書かれているので見学は無理かと向こう側に回ると、館長の千葉久子さん(71)がおられて「ご希望なら開きますよ」と扉を開いていただいた。面積110坪(360平方m)で6000俵が保管できる。二重構造の天井と高床式のしっかりした蔵で建物としての価値も高いが、驚くべきはその収蔵物の豊富さだ。

 江戸時代に、新山河岸にかかっていた新山舟橋。両岸と中洲の柱に鎖を張り、48隻の舟を繋いで板をかけて渡り、参勤交代で藩主も通った。土橋がかけられたことがあったが流されたため、再度舟橋となって、明治6年に明治橋がかかるまで続いた。資料館には、平成になって見つかった中洲に建てられた主柱が展示されている。長さ6m、水による腐食に強い栗材で、堅固な舟橋の証となっている。

 9月中旬に行われる盛岡八幡宮の秋祭りで繰り出される山車の原型となる、各町のシンボル丁印(ちょうじるし)。唯一残っていて1970年に最後に曳かれた地元の川原町鉈屋(なたや)町の丁印=写真右=が飾られている。父が大切にしていた甕を割って友達を助けた司馬温光の故事を表した人形を正面に、左右をにらむ唐獅子を見返しにしている。

  ◇地元の運営に信頼、家や店に伝わった品々寄せる

  その横の大正7年購入の「森田式自動ポンプ」も目をひく。全長6尺5寸、近くは人力で遠くは馬で引き14馬力、当時の最新鋭で強力なポンプで価格は3800円と書かれている。強風がよく吹く気象条件のため、盛岡は江戸時代から明治時代にかけて大火が続き、その記憶からこのポンプが導入されたのだろう。

 店や家に伝わってきた品物も多く寄せられている。花や葉などさまざまな種類の和菓子の木型がいっぱい並んでいるが、これは菓子店でなく、各家庭で使われていたものという。家々で季節の菓子をつくっていた時代を偲ばせる。時代時代の電話機、柱時計、石盤や教本、1964年の東京五輪当時のおもちゃなど日常の暮らしで使われてきた品々が何でもありで、館長さんにいろいろ尋ね、説明してもらいながら回ると飽きることはない。

 世代の変化で店や家がなくなっていったり、土蔵が取り壊されたり、高齢化で管理が難しくなった時に、「代々使った品々はここで残してほしい」という意向で寄せられる品が多い。南部藩の廃藩で盛岡城が取り壊されたときに城に飾られていた「屏風 山水図」は、近所の商家が購入して伝え、今は同館で展示されている。
 新山河岸あたりは川上の山林地帯から筏を組んで運ばれてくる木材を揚げる場所となり、多くの製材所が立地していた。戦後筏流しがなくなるとともに製材所は減少、最近最後に残っていた製材所も閉鎖してマンションに。ここで使われていた木挽きなどの用具が資料館に寄せられた。

 御蔵は盛岡市が昭和58年に再取得したが、この下町資料館が市ではなく、地元の南大通三丁目町内会が管理運営していることには驚く。千葉さん自身、町内会長だったが、5年前に館の運営に専念するため町内会長は退いて館長になり、2000点に及ぶ収蔵品のデータの整備にも取り組んでいる。「地元の住民の手で運営しているので町ゆかりの品々が次々寄せられ、展示公開も自由にできる利点があります」。この蔵で感じるわくわくする気持ちは、この運営があってのことだろう。

 下町博物館の展示は季節ごとに模様替え。春には雛飾りも並ぶので、一回限りでなくまた訪れたい場所だ。
 開館は原則、4〜10月の土・日午前9時〜午後4時だが、前日までに同館(電019-654-2468)に予約すれば見学可能。無料。

       
     
(文・写真 小泉 清)=2019.8.1取材

 


   岩手山のコマクサ、イワブクロ=2019.7.30,31取材  

    

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