青垣・東芦田のセッコク 兵庫県丹波市 ![]() |
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緑の田園を青い山々が垣のように囲む丹波市青垣町東芦田の里。むらおこしの拠点施設「ごりんかん」から獅子尾山(519m)へ至る山道を上がると大岩の岩壁に、野生蘭のひとつ、セッコクの真っ白の花々が凛としたたたずまいで開いていた。 古里の山の岩壁に純白の姿再び![]() 「ごりんかん」の前には、東芦田の人達が育てたセッコクの鉢植えが展示、販売されている。これも気になったが、先に自然の岩場で生えているセッコクを見たかったので、すぐ裏手の山に登った。尾根道づたいに大岩の岩稜をつたって山道を上がる。ところとどころの岩場は特に注意して見るが、セッコクの花は見当たらない。この山には信長の命を受けた明智光秀が丹波攻めに侵入した際に、土着の芦田氏が対抗したという古い山城があったそうで「城が丸」と書かれた道標が続いている。そこまで上がればと思ったが、頂は意外と遠いので今回は引き返した。 ![]() その通り、大岩の下に回ると、南面の岩壁をかけ上がるようにして30〜40株ほどのセッコクが真っ白な花を開いていた。先程は大岩の上部を通過するようにして通ったので気づかなかったようだ。岩塊のごく一部にしか過ぎないが、それでもに自然の岩場の上にたたずむセッコクの姿を見ると、気持ちも引き締まる。 ◇絶滅の危機乗り越え、むらおこしの活動に ![]() 東芦田では有志40人が都市と農村を交流する施設として1991年に「ごりんかん」を建てて活動を続けてきたが、その中の若手メンバーを中心に「セッコクを山に取り戻そう」という声が15年前ごろから高まってきた。裏山はすでに入手が難しくなっていたので、高さ18mの名瀑・独鈷(どくこ)の滝近くまで足を伸ばし、ザイルで群生地の岩場に降り立って元株を採ったそうだ。 メンバーが庭に持ち帰って育てて3年がかりで花を確実に咲かせるようにし、一部を裏山の大岩で復元した。それが定着して公開できるようになったことから10年前から「セッコクまつり」を始めた。 ◇育てる楽しみ広がり、リピーターも続々 今では ![]() 「昨年の祭で持ち帰ったセッコクが冬を越して今年も花をつけたことが嬉しくて、また来ました」という川西市の夫婦連れもおり、土田さんは「丹波のセッコクは強い。ここのセッコクが広がって、何度も来てもらえるとうれしいですね」と話し、育て方をアドバイスしていた。 ![]() 自治会長の芦田さんは大学を出てから京都市で会社勤めをしていたが、長男として家を継ごうと家族とともに帰郷。農作業ができなくなった高齢者の田畑も引き受けてコメや小麦などをつくるとともに、「若手」としてむらおこしに取り組んできた。「大岩だけでなく、城が丸へ向かう山道に沿いにいい岩場があるので、今後里のセッコクを戻して自生地を回復させていきたい」と意欲を燃やしている。 セッコクの真っ白な花が、歴史を秘めた丹波の初夏の山に広がっていくのが楽しみだ。 (文・写真 小泉 清) ★青垣・江古花園のセツブンソウ 13.2.7 |