日高川河口域のハマボウ  和歌山県御坊市          

   
                
  
 
    
日高川本流河口に注ぐ王子川。北浜橋付近の水辺はハマボウが最も密生するエリアだ

  ・花期  7月上旬~8月上旬
・交通案内   JR紀勢線御坊駅(特急停車)から紀州鉄道または御坊南海バス。紀州鉄道紀伊御坊駅近くの自転車店のレンタサイクル利用が便利
電話 御坊市役所(0738・22・4111)、御坊観光協会(0738・23・5531)
                 =2015年7月11、21日取材=
        
  歌舞伎や能の「娘道成寺」で僧・安珍に裏切られた清姫が蛇の化身として渡る場面で知られる日高川。奥深い紀伊山地の水を集めて紀伊水道に注ぐ川の河口付近は、塩水と真水が混じりあう汽水域となり、砂洲の上には南国ならではのハマボウが大輪の黄色い花を次々と開いていた。

   川と海のはざまに南国のきらめき

 西本願寺日高別院の寺内町として発展した御坊の街並みを自転車で抜け、日高川の最も河口近くにかかる天田橋を渡った。橋の上から川を見下ろすと砂洲を覆う緑の中に、鮮やかな黄色い花がところどころに浮かび上がる。ハマボウの群落が河口から1・2キロ上がったあたりまで広がっているのだ。

 橋を渡りきって少し河口の方に進んで砂洲に下りた。ハマボウの木は高さ3mくらいが多いが、5mほどに達しているものもある。灰色の幹が根元から七つ、八つと分かれて枝を大きく横に広げていて力強い。花は直径7、8センチと目立ち、花の中心部とめしべの先が濃いエンジ色に染まっている。ハイビスカス、ムクゲ、ワタと同じフヨウの仲間でも、とりわけ魅力的な色合いの花だ。

 梅雨の合間の昼前、紀州の海と川と空、そして夏雲に黄色い花はよく似合う。朝に開いて夕方にしぼんで赤く変色し、数日して落花する。黄花の一輪一輪は一日限りの命だが、途切れることなく次々咲き続ける花に、はかなさはない。

 日高川本流の河口部には南側から王子川という川も注いでおり、東側を走る国道沿いに南にさかのぼっていくと1キロほど上流まではハマボウが密生していた。川幅は20mくらいで日高川本流の10分の1もないのだが、根元が流れに洗われ、川に向かって枝を広げる姿は、ちょっと沖縄・西表島の浦内川河口で見たヒルギのマングローブ林を思い出させる。真ん中の北浜橋あたりは御坊市が1968年に天然記念物に指定した時からの群生地。橋の上からは両岸の群落が見渡せ、広場の説明板が「市の木、ハマボウを大切に守りましょう」と呼びかけている。

  ◇最適の汽水域、開発で群落の危機もと警鐘

 日本特有の植物としてシーボルトが紹介し、学名も「ハイビスカス・ハマボウ」というこの花木が見られるのは三浦半島より西の温暖な海岸部に限られ、近畿では和歌山県だけだ。さらにヒルギ林と同様、汽水域であることが自生地の条件。黒潮が海岸を洗い、日照時間が全国一という気候に加え、広範囲な汽水域を持った日高川河口域は最適の自生地だろう。

 しかし、河口部は開発にさらされやすいことから全国的にハマボウの自生地は消滅してきた。ハマボウが市天然記念物や市の花木に指定された御坊でも河川改修や港湾の拡張計画で群落ぐるみ破壊される危機があり、御坊市文化財保護審委員で植物研究者の木下慶二さんらの強い保全の声で辛うじて守られてきた。2000年の夏、当時81歳だった木下さんに王子川河口のハマボウ群落を案内してもらったことがあるが、大木を見上げながら「御坊のハマボウは和歌山で最大、全国でも五本の指に入る規模。この価値をもっと知って親しんでもらうようにしたい」と熱っぽく話していた。木下さんは2003年に亡くなったが、その姿は忘れられない。

 日高川河口域の価値はハマボウ群落だけでない。ウモレベンケイガニ、シオマネキなど希少種を含む多様な干潟の動物が見られることから、2002年に環境省の「日本の重要湿地500選」に選ばれている。

   ◇一部で干潟消失、自生地拡大のエリアも

 他の群落所在地と比べ保全への動きが強かった御坊でも、河川改修や開発の影響は免れなかった。王子川は国道から内陸部に東側に折れた塩屋王子のあたりで、改修工事で土手がコンクリートで固められた三面張りになり、両岸に繁茂していたハマボウは伐採されていた。「これではしかたない」と引き返そうかと思ったら近所の人が「先へ行くと、またハマボウが見られますよ」と教えてくれたので、上流に向かうと再びハマボウの群落が現われ、1キロほど上流まで続いていた。

 ここから引き返してもう一度日高川河口部に戻ると、地元の人も言われるように、特に王子川が日高川河口に合流するエリアでは港湾拡張や津波対策など防災工事の影響で、ハマボウの数は相当減ったようだ。王子川にかかる北浜橋を西岸に渡って日高川本流に向かうあたりは、2000年には大木を含むハマボウが密生していたような記憶があるが、干潟が埋められ殺風景な空き地となっていた。

 一方、天田橋のすぐ下流の日高川本流南岸は以前よりもハマボウが増え、びっしり続いている。土手からハマボウの群生と河口を見渡す遠景は、なかなか他所では得られない眺めだ。港湾区域とも離れているので、新たな保全地として適地とも思える。

  しかし、近くに目をやると流れが滞留しやすい場所のためか、ペットボトルなど上流から流れてきたゴミがハマボウの根元に打ち寄せられて堆積するなど「重要湿地500選」にふさわしくない光景が見られる。ハマボウの花を間近で見るため河原に下りられないこともないのだが、このゴミの山ではちょっとためらってしまうだろう。

  ◇発芽実験から分布調査まで、高校生が研究成果

 

 今回印象的だったのは、御坊駅近くの県立紀央館高校自然科学部の研究活動。近畿で梅雨が明けた翌日の21日、同校を訪ねて部員と顧問の先生に成果を説明してもらった。研究はハマボウの植物としての形態や機能の観察・実験から分布調査まで広範囲に及ぶ。まず、葉、根、種子の観察を通じてハマボウが塩分の混じる汽水域の環境に生息し、海流に乗って散布するのに最適の構造を持つことを指摘。またハマボウの発芽実験では、汽水域に相当する塩分濃度0・6%でよく発芽することを確認し、ハマボウが日高川河口部での生息・繁殖に適した植物であることを明らかにした。

 分布調査では日高川本流の河口部と王子川上流部まで全域で実施、特にこれまで研究者の調査対象外だった王子川上流部でも243本のハマボウを計測、総計で1340本の樹木数をカウントしている。対象などから即比較できない面もあるが、王子川上流部を除いても1097本で、800本台だった過去の調査本数を上回り、「和歌山県の他の自生地と比べ、日高川河口付近のハマボウの数は安定的に推移している」と評価している。

 日高川では南岸から10mの範囲にハマボウが多く分布、王子川上流部では石垣やコンクリートなど人工が加わった堤でも相当数のハマボウが自生していることも示した。若い力が少数精鋭で多彩な観察を続けてきた内容だけに、今後ハマボウの群落を守っていくうえで示唆に富む研究成果となっている。

  ◇御坊の宝を活かすため積極的保全策を

 御坊市教委では、これまでの調査などを受けて「汽水域ではほかに競合する樹木がなく、生息域が確保されていれば自然に増えていくので、全体としては群生が維持されている」とみている。今後の方針としては「天然記念物に指定された1968年から最大の群落が見られる王子川の北浜橋周辺は重点的に保全していきたい。今のところ自生地に大きな影響を与える開発事業は予定されていないが、そうした動きが出れば、天然記念物を保護する立場から範囲や方法について調整していく」としている。
 
 日高川河口域のハマボウは御坊市の花木に指定され、いろんな場所でデザインが使われている。一方、シンボルの花でありながら、ハマボウが十分活かしきれていない印象も受けた。塩屋の住民からは「ハマボウを守り、親しんでもらうために地元としてもっと何かできないだろうか」という話が聞かれた。日高川河口部の自然をそのまま保全しながら場所によって観察路をつけるなど、市民や来訪者が御坊の宝に親しめる積極的な保全策を期待したい。

          (文・写真  小泉 清)                                                           →トップページへ