南紀を貫く古座川の夏の華・河内祭(こうちまつり)を7月24日の宵宮と25日の本祭の2日間通して見た。 御舟謡(みふねうた)が歌われる中、河内様(こおったま)と呼ばれる川中の聖なる島をゆっくり回る御舟、3地区が披露する獅子舞、古座の中学生の櫂伝馬競漕と、華麗さに哀調の重なった色彩と音色が熊野の海と川と山に織りなされる。

  海、川、山に織りなす華やぎと哀しみ

  古座川河口と河内様は3キロほど離れているため、古座駅前の観光協会で電動アシスト付自転車を借り、まず御舟に「河内大明神」の神額を授ける渡御式が行われる古座神社へ。続いて古座港へ走って入舟式を見守る。鮮やかに飾られた三隻の御舟がいったん海に出て「塩汲み」をした後、古座川をゆっくり上流に向かっていく。川沿いの街の人々が見晴らしのよい空き地に立って御舟を見送っている。夕刻、河内様についた御舟から下りた人々は島に上がって参拝し、その後舟は河原に停泊する。

  ◇熊野水軍の伝統、中学生の力強い漕ぎ

 夕方6時から古座港で櫂伝馬競漕。古座でも上之町は黄、中之町は青、下之町は赤と衣をつけた古座中学生のメンバーが競う。競漕は赤の下之町が圧勝し、知事から優勝旗を渡された。

 勝負を見守っていた中年の男性は「自分たちのころと比べると、最近はクラブ活動などで練習の時間がとりにくく、勝つことへの執着心も薄くなってきたみたいです。漕ぐ時は舟から放り出されるくらい全身を使って漕がなければならないんですが・・・」。特に今年は台風が来たばかりで2回くらいしか練習できなかったという。それでも下之町チームは漕ぎ手が一体となった美しい漕ぎ方で、さすが熊野水軍や鯨方の末裔なのか、中学生と思えないほど精悍な表情だった。

 再び河内様へ行くと、暗くなった夜7時ごろから「夜籠り」の神事が始まる。提灯を灯した御舟が舟謡とともに時計回りにゆっくりと河内様を回る姿は別世界のようだ。8時からは河原で西岸の古田地区の獅子舞が披露される。早いテンポの笛と太鼓が、舟謡と対称的だ。その音調も加えて暗闇の中での獅子舞は迫力がある。夜の獅子舞は古田だけが演じ、地区の人は「河内様の地元は古田なので」と誇りを込めていた。

  ◇神性保つ けがれなき3人の童

  25日は本祭り、朝7時から古座神社に奉告祭を見に行く。23日夜から神社におこもりしている「神のよりまし」=ショウロウ=が最後の準備をしている。桃色の衣装に天冠をかぶった女児一人、緑色の服装に烏帽子の男児二人で、髪を整え紅をさして化粧すると、はっとするばかりの見栄えだ。子供は役割を心得ているのか落ち着いていて、親の方が撮影に余念がない。八歳の男児の父親に聞くと、「こちらから志願したというより年齢などから指名するような形で言われましたが、記念になるので良かったです。私自身は経験ないが、兄がなったこともありましたので」と話していた。

 おはらい、玉串奉納、記念撮影の後、ショウロウが若衆に背負われて出発。けがれを避けるため地面に足をつけてはならないそうだ。当舟(とうぶね)に乗りこんで他の獅子伝馬、櫂伝馬より先に河内様まで遡るが、自転車で追いかけると次の大橋の手前でショウロウが当舟を下りて若者に背負われ、道沿いの人に声をかけられながら進んでいる。若者に尋ねると、あいさつをするため陸に上がっているのではなく、ショウロウは橋の下を通ってはならないそうだ。

 河内様の前の河原に着くと祝場の準備が整い、古座の直会座から少し下流側に離れてショウロウが三人並んで座っていた。河内様に背を向けて川下の方を向いたちょっと変わった座わり方だ。テント前にいた古座区役員の桝田義昭(よしてる)さん(84)に尋ねると、「九龍島(くろしま)と鯛島の方を見ているので、ああした座り方になるんです」と、いろいろ教えてもらった。

 ショウロウは「まあかわいい」など言って写真を撮る人が多いが、座の前に賽銭箱が置いていても、拝礼したり賽銭を入れたりする人は少ない。「ショウロウさまへの賽銭がないと河内様へのお供えができないといわれてきたのですが、最近は気軽に話しかけたりする人もいて・・・」と桝田さん。ショウロウのとらえかたも変わってきているのだろうか。ただ、どんなに暑くても姿勢を崩さず、見知らぬ人から無遠慮にカメラを向けられても表情を変えず、神性を保っているのはさすがだ。

  ◇世代越える地域の伝承力

  神事の間、御舟が河内様を周回する。古座の水軍が源義経について屋島の戦いで平家に勝った凱旋祝いが祭の起源の一つとされているが、「御舟は吹流しを川に垂らして進みます。赤い旗やのぼりも黒枠で縁取られていて、戦勝を祝うだけでなく戦死した仲間の霊を弔う祭りでもあるんです」と桝田さんが説明してくれた。舟謡の調子といい、祭りの華やかさの中に哀しみが流れている。

  河原では古座と高池下部の獅子舞が始まった。基本的な演目を奉納した後、両地区のテントで優雅な「しな獅子」、荒々しい「あら獅子」を見る。「玉天狗」では10歳前後の男児、「天狗」はそれより幼い女の子が獅子と向かい合う。先ほどのショウロウ様もだが、幼い子供たちが少しの甘さも感じさせず祭りの重要な役割を果たしているのには、地域の伝承の力の強さを感じた。

 古座の中でも御舟については「勇進会」、獅子舞については「古座青年会」が担当しており、漁業関係者は勇進会に、それ以外の仕事の人は青年会に入ってきたという。若者が減る現状でやっていけるのか、御舟の前で勇進会の会長さんに尋ねると、「会に入るのは普通、高校を卒業してからですが、今は何歳になったら辞めるという制限はないし、体力に問題がなければ続けます。私自身47歳だし、40代はまだ若い方です。外に出ていて祭りの時に帰ってくる形でも歓迎です」。

  続いて御舟が再び河内様を一周し、観客の乗った屋形舟から差し出された祝儀を川に飛び込んで受け取る「花回り」。祭りの担い手と観客が一体となっている。最後に古座の三町による櫂伝馬競漕が、河内様の周りに舞台を変えて行われる。「周回コースなので舵取りの役割が大きいですよ」と昨夕の人が教えてくれた。結果は再び赤の下之組の勝利だった。
  
 この競漕が終わると、河内様での祭事は終わり、御舟を先頭に今度は川を下っていく。川を上るより速度は速いが、河口までかかる橋に先回りして御舟が橋の下をくぐる時、橋の通行を止めてもらうように走り回っている人がいる。先ほどの勇進会の会長さんだ。華やかな祭の裏で舞台を支えている人がいるのだ。

  御舟と前後して古座港に戻り、還御祭が行われる古座神社に寄った。夕方4時ごろ、すでに化粧を落としたショウロウが3人並んで神事を受け、名実とも普通の子供に戻って車で迎えに来た親とともに帰っていった。子供たちが親になったとき、ショウロウになった時のことをどう話すだろうか。華やかな祭が終わり、静かな日常に戻っていく寂しさを感じながら、ふと思った。
                              (文・写真  小泉 清)  

    繁栄の残照の街、担い手広げ守り抜く祭



河内様を回る御舟

<獅子舞>

<御舟>

<花回り>

<柏寿司>

<御舟渡御>

<櫂伝馬競漕>

<当舟>

<ショウロウ>

☆遠望近景
華麗な3隻の御舟が、古座川河口から3キロ上の島「河内様」を、御舟謡とともにゆっくりと周っていく

和歌山県串本町、古座川町

    ◇案内情報

開催日 毎年7月24日に宵宮、25日に本祭

交通 JR紀勢線で古座駅(特急停車)下車。会場の移動は駅前の古座観光協会の電動アシスト自転車が便利

問い合わせ 古座観光協会(0735・72・0645)、串本町役場(0735・62・0557)

    2011年7月24、25日取材

古座川の河内(こうち)祭