海の豪商が伝えた芸能 今に生きる吉里吉里虎舞 岩手県大槌町       
 
  釜石市の北隣の三陸の町・岩手県大槌町で、初めて虎舞(とらまい)を見た。東日本大震災以後、大槌町には縁あって3回訪ねたが、そのおり三陸ならではの虎舞が祭りやイベントの定番として披露されていると聞いて注目。9月13日夜に行われた催し「郷土芸能かがり火の舞い」に合わせて再訪した。

◇交易先の江戸で観た近松作品の感動を再現
 
 雨のため、会場が小槌神社境内から町役場裏の町立体育館に変更されたが、吉里吉里(きりきり)虎舞講中からは40人が登場。近松門左衛門「国性爺合戦」のハイライト、「和藤内の虎退治」の場面を演じた。もとは近松が大坂・竹本座で初演した人形浄瑠璃で、吉里吉里の海産物問屋・四代目前川善兵衛配下の船乗たちが江戸で見て感動して虎舞に創作したといわれる。一行が竹本座までは来ていなくても、近松ものというだけで浪花の人間として親近感を感じる。

◇練習と経験積んで…力強く軽やかに虎の舞手
 笛・太鼓のお囃子に合わせて会場を駆け、咆哮し笹を食み、ヒーローの和藤内に襲いかかる虎=写真上=の迫力は圧倒的。客席の手前まで迫ってきて臨場感たっぷりだ。若者二人の舞手=写真左=が様々な姿勢をとり、同時に高く飛び跳ねるリズムも絶妙。「相当の体力が必要で、練習を積み重ねたんやろな」と思った。

 虎舞は大槌町だけでも地区によって5団体が活動している。向河原、陸中弁天は戦後、城山は平成になっての発足。吉里吉里と安渡は江戸中期からの伝統を受け継ぎ、町の無形民俗文化財に指定されている。

  それだけに吉里吉里虎舞には少し固い伝統一色のイメージを持っていたが、思っていたより幅広い出演メンバーで、前半は小学生の女の子も多く出場、虎舞の2頭の舞手4人は男の子だった=写真右。お囃子では女性が巧みに笛を吹き、力強く太鼓を叩いていた=写真下。


◇50年前から女性参加、震災でも活動途絶えず

 
 終了後、「吉里吉里虎舞講中」ののぼりを掲げていた会長の藤原建さんにうかがった。「伝統の形はしっかり守りながら、多くの若手が出るよう演出を加えています。もともと宿とよばれる家が代々受け継ぐ形でしたが、50年前から幅広く、女性の参加も積極的に受け入れています」。練習は高校生など若手の自主練習が中心、役も虎を追う勢子から虎の舞手へと経験を積みながらアップし、今夜の主役・和藤内も13歳の少年が初めて演じたそうだ。

 「吉里吉里では拠点が高台にあったので東大震災の津波でも道具が流出せず、虎舞は途切れず続けられました。ただ、コロナ禍の3年は活動できない状態が続きました」。吉里吉里地区では、虎舞のほかこの日登場した浪板大神楽と吉里吉里大神楽、吉里吉里鹿子踊と計4種の伝統芸能があるという。虎舞だけをとっても動きが激しいので限られた人数ではこなせない。震災後も人口減・少子化に歯止めがきかない中、それぞれが苦心しながらも華やかさを保って続けていることに驚く。

 吉里吉里をはじめ三陸で虎舞が盛んなのは、「虎は千里を走る」ことから大漁祈願、海上安全を祈る沿岸の人々にはまるからとされる。各地の祭りやイベントでも人気で、吉里吉里虎舞講中も「あすは隣の山田町の祭りに呼ばれているんですよ」とのことだった。

  ただ、講中にとっての本番の舞台は8月お盆過ぎの吉里吉里祭=天照御祖(あまてらすみおや)神社例大祭=で、神社と前川家ゆかりの吉祥寺で奉納する。「虎五頭が舞い、町外に出た人もどっと戻ってきます。子どもの時からなじんできたリズムなので、飛び入りでも加わります。もっと面白いのは祭りなので、ぜひこの時来てください」と薦められた。

◇復興まちづくり、地域のつながり支えた伝統芸能

 
翌14日は晴れ渡ったので吉里吉里のまちを周った。天照御祖神社の石段を上がって参拝して下りると、宮司の藤本俊明さんがおられた。「前川善兵衛のお墓の場所がわからないんですが…」と相談すると軽トラで先導していただいた。吉里吉里駅の東に一族の墓が並んでいた。 
 関東の雄・北条氏に仕えていた先祖が小田原城開城後この地に移住。前川善兵衛と名乗って盛岡藩から百石船の建造を許され、江戸、上方から長崎まで海産物を中心に商売を広げた。飢饉救済をはじめ地域に貢献したのに、五代目の時に莫大な御用金の負担などで没落したことは残念だ。しかし、中央を離れたように見えるこの地で、海の恵みを生かして全国で活躍し、文化を伝えた一族がいて、それが虎舞として残っている経緯はよくわかった。
 
  神社の浜側に「忘れない あの日 あの時を」と刻まれた黒御影石の記念碑=写真左=が建てられ、左手には津波が襲う前の吉里吉里の写真銘板があった。大震災では吉里吉里地区は16.1mの高さの津波が襲い、100人もの人が亡くなったという。

 吉里吉里地区復興まちづくり協議会代表として住民の意見をまとめてきた藤本さん。「犠牲は大きかったですが、被災地の中では復興は比較的早く進み、地元を離れる人が少なかったです。さまざまな伝統芸能がしっかり受け継がれてきたことが地域のつながりを強くしたのでしょう。食べること、住むことはもちろん大事ですが、一緒に歌い、踊ることの大切さを感じました」と話された。
                  
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*時期 吉里吉里祭は8月の盆明け直後の土・日曜日。
「郷土芸能かがり火の舞い」は6~9月の第2・第4土曜夜に実施。大槌町内の伝統芸能団体が各回2,3団体ずつ公演する。
*大槌町への公共交通: 東北新幹線新花巻駅から釜石駅。三陸鉄道リアス線で中心部は大槌駅、吉里吉里地区は吉里吉里駅下車。
*問合わせ: 大槌町観光交流課 0193-42-5121

 =2025年9月13、14日取材 (文・写真 小泉 清)

     


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