2025年の初登りは大阪府野瀬町の三草山(みくさやま、564m)。この日は雪が降り続き、白一色に包まれた静かな低山と里の風景を味わえた。
凛としたたたずまい 頂の落葉広葉樹林
能勢電山下駅からのバスがトンネルを抜けて川西市から能勢町に入ると、陽射しが差していた天気が一変、雪が待っていた。森上のバス停から西へ歩き出す。岐尼(きね)神社では戎さんの祭がはじまっており、私も地元の人に混ぜてもらって参拝、お払いを受けて山に向かった。
雪が覆った田畑の中の道を進むと慈眼寺。山門前に能勢浄瑠璃の初代・竹本文太夫の立派な墓が立つ。石段を上がると境内に横に枝葉を延ばした松=写真=があり、雪の舞う中、松の緑が美しい。オオカミの石像もある。父の無実を晴らそうと願掛けを続けた娘にこたえて、牢につながれた鎖を切った千手観音の化身という。この山域にもオオカミが生息していたのだろうか。
◇ゼフィルスの森づくりに奮闘
寺を出ると道はゆっくりと上がっていく。ほどなく「森の妖精 蝶の舞う 三草山ゼフィルスの森」の看板が現れる。この地に植生するナラガシワなどにミドリシジミチョウが繁殖することがわかり、大阪緑のトラスト協会が保全活動を進めていることが記されている。保護区域の中に入り、クヌギやナラなど落葉広葉樹=写真=の中の山道を進むと、三草山頂上に出た。雪原の上に葉を落とした木々が立つ凛とした雰囲気だ。
樹林の中を北西に下っていく。雪は靴が埋まるほどの深さではなく、滑るほど固まっていないので、アイゼンやスノーシューなしで快適に下れる。
◇中腹から広がる棚田に景観守る
山頂から30分ほどで才ノ神峠=写真。8本の道が集まり、寛文11年(1671年)に建てられた石碑からも、多田銀山や有馬の湯に向かう人が行き交い、摂津、丹波の交易の道だったことが示されている。
ここからは山麓、里道を北東にひたすら歩く。山の中腹から棚田が広がっている。「長谷(はせ)の棚田」の名で知られるように見事な風景だが、ところどころ雑草が伸びて荒れている区画もあるようだ。地元の農業者の努力に加え、都市部の市民の応援もあるが、棚田の維持は難しい面もあるだろう。
慈眼寺の前に戻り、帰りのバスの時間がまだ先なので岐尼神社に立ち寄った。氏子総代の方ら7人が焚火をしていたので当たらせてもらった。「バスの本数がだいぶ減ったようですね」と尋ねると、「ここでは自分で車を運転しないと生活が成り立ちません。齢とって車を運転できないと、むらを出てお子さんの住んでいるところに移る人が増えています」と話していた。
大阪の都心部からもそう遠くなく、心身が癒される里でも、地域を支えるうえで厳しい現実が増しているようだ。 (文・写真 小泉 清)
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