近代製鉄の起点たどる橋野高炉跡 岩手県釜石市 | ||||||||||
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「成長の60年代」に小中学生だった私には、製鉄ということばに特別の響きを感じる。製鉄業の拠点としては八幡、室蘭とともに釜石の名が頭に刻まれてきた。この岩手県釜石市に、日本で洋式高炉による銑鉄の連続生産を始めた高炉跡が残っていると聞き、その橋野鉄鉱山を訪ねた。 伝来の技法土台に技術革新を先導橋野鉄鉱山は2015年にユネスコが登録した世界文化遺産「明治日本の産業革命遺産 製鉄・鉄鋼、造船、石炭産業」の構成資産だが、所在地は釜市北西部の山中=写真。花巻空港から遠野市へ出て、カーブの多い県道35号(遠野釜石線)を30分ほど上がった。立派なインフォメーションセンターがあり、地元のスタッフの方が迎えてくれる。映像や展示も充実、なぜこの地に洋式高炉ができたか、よくわかる。幕末、海防のため大砲の生産をめざした徳川斉昭が盛岡藩士の大島高任を招聘。大島は水戸藩内の那珂湊反射炉で製鉄を試みたが高品質の鉄ができないと断念、橋野周辺で産出する磁鉄鉱を活用できる高炉方式に転換した。盛岡藩の命を受けて安政4年(1857)に大橋、翌年には橋野…と釜石周辺に10基の高炉を建設。いまは橋野の3基だけが遺構として残っているという。 ◇生昆布を編み込み防火シートに ガイドの三浦勉さんの引率で3基の高炉の遺構を巡り、当時の製鉄の進め方を説明してもらった。磁石がひきつけられる磁鉄鉱=写真=は今も高炉跡付近でも見られるが、製鉄に使う岩鉄は2・6キロ北の「種取り場」で露天掘りし、人力と牛で運搬。山中に築かれた炭焼き窯でアカマツやナラを焼いた炭を大量に用意した。 一番、二番、三番の高炉は大きさや構造に差異はあるが、外構はすぐ近くで切り出した花崗岩、内部は花巻産の耐火れんがを使い組み立てている。高温の火を起こして砕いた鉱石、木炭を交互に投げ込み、石灰を加えて1500〜1600度をキープ、流れ出る鉄を集め、沢の水で冷却する。この際火の粉を防ぐためには、生昆布を編み込んだ目の細かい厚いムシロを防火シートとして使用、地元の伝統技能や素材を生かしていることが興味深い。 高炉で使うフイゴも、大島は洋式の太鼓式は風の効率が悪いと不採用。地元の家大工と相談して、鍛冶屋が使っていた手押し式箱型フイゴを改良した大型の箱型フイゴを考案、水車と連動させて効率的に風を炉の中に送り込むことに成功した。ピストンの設置部分には、空気を漏らしにくく滑りの良いタヌキの皮を張ったという。高炉の石組は、木の角材を組み合わせて海岸で舟を動かした「カグラサン」の工法で積んだのではないかと三浦さんはみている。 ◇1000人就労も、森林枯渇し37年で幕 水路跡、鉱石を砕く種砕水車場=写真、事務を扱う御日払所(おひばらいじょ)等の場所には痕跡が残り、説明板が建てられている。製鉄に携わる人は、岩鉄を掘る人、運ぶ牛方、炭焼き用の木を切る木挽き、炭焼き、24時間火を絶やさない高炉場の職人、銑鉄を運ぶ馬方、御日払所の役人と1000人にのぼるとみられている。三浦さんの古老からの聞き取りでは、江戸時代にはアイヌ民族の人が近辺に居住。「『鉱山稼ぎ』には岩手県北・青森・秋田からの人々とアイヌの人たちが多く従事していたとみている。 ここで蓄積された技術は釜石や八幡の製鉄所で発展していくが、橋野の高炉自体は炭の原料となる木の枯渇などの理由で、開始後37年の明治27年(1994)に閉鎖されたことは残念だ。石組の上部は地元の家の土台石などに転用されたが、基礎は残っため昭和32年に国史跡に指定。当時の富士製鉄の永野重雄社長が揮毫した「日本最古溶鉱炉記念碑」の大きな石碑が建てられた。一時は製鉄関係者がよく訪問していたが、釜石製鉄所の合理化で落ち込んでいった。 ◇世界遺産登録、地元から研究や案内 採掘場跡、運搬炉跡は非公開でガイド時間は1時間ほどだが、磁石を手に磁性を確かめたり、岩を切り出した時のノミ跡を示したりと、当時の現場に引き戻してくれるようでおもしろい。 三浦さんは建設業に従事、震災復興工事で忙しかったが、橋野鉄鉱山の世界遺産登録が視野に入ると、地元出身者としてこちらに力点を置こうと決意。調査や案内に努めてきた。2018年には、長年の探訪や聞き取りに基づく研究成果を「鉄を創りだした古代製鉄と近代製鉄 製鉄の森からの手紙」=写真=としてまとめた。 「たたら職人の御神木だった立派なカツラの木が、世界遺産登録登録の年に伐採されたことがありました。たたら製鉄は世界遺産と関係ないという浅い歴史認識だったんです」と指摘する三浦さん。「橋野では鉄鉱石を使った伝統的なたたら製鉄が行われていて、職人も多く集まっていました。この土台があったから新しい技術が開けたのです。そして川の流れも、木々も世界遺産の切り離せない一部なんです」と強調した。 (文・写真 小泉 清) ⇒トップページへ |