大谷湿田のハッチョウトンボ
和歌山県古座川町
・適期
5月〜6月
・交通
今回はJR紀勢本線古座駅(特急停車)隣の古座観光協会のレンタサイクルを利用。レンタカーは串本駅近くに
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電話
古座川町役場(0735・71・0180)、古座川町教委(0735・72・3344)
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=2016年5月31日取材
背腹から眼まで真っ赤なハッチョウトンボのオス二匹。遊
んでいるのでなく、縄張り争いで睨み合っている模様だ
5月も終わりとなる日、本州最南端の清流・古座川流域の大谷湿田(和歌山県古座川町直見)に、日本最小のトンボ、ハッチョウトンボを見に行った。羽化したばかりのハッチョウトンボのほかにもさまざまなトンボが舞い、水生昆虫が泳ぐ池は長くいても飽きない。
清冽で豊かな水が育む「日本最小」の生命
早朝、古座川河口から電動自転車をこぎ、本流ー支流を1時間少しさかのぼると直見(ぬくみ)の集落。橋を渡って案内の矢印に沿って進めば、7時過ぎに保護地に着いた。広さ1500平方mほどで、生息環境が限られ絶滅のおそれがあるハッチョウトンボを守るため網で囲い、木道がつけられている。手前には「大谷湿田のハッチョウトンボ」を町の天然記念物に指定している古座町と町教委の説明板が建てられている。
◇様々なトンボ飛び交い、水生昆虫が水面滑る
5月中旬に羽化が始まったばかりで、成長しても体長2cm足らずとか。見つけられるか心配していたが、小さいながらすぐに見つけることができた。雄は背も腹も眼まで鮮やかな赤で、緑を増す湿原の中でよく目立つ。雌は黄と黒の虎のような斑模様。できればまさに羽化する場面を見たかったのだが、新宮市から何回も撮影に来るという年配の男性は「熊野川町にある自生地より生息数は多いですが、よほど運が良くないと羽化は見られませんよ」と話していた。
保護地の隣地にも湿地が広がり、気持ちのいい場所だ。青や黄の筋が入ったイトトンボ、腹が広いハラビロトンボ、腹に黄色の斑紋があるコシアキトンボ、オオシオカラトンボなど様々なトンボが飛び交っている。説明板では生息貴重種として、「生きた化石」とされるムカシトンボ、ムカシヤンマ、北方系のオオエゾトンボなどがあげられている。水面にはオタマジャク、イモリ、ミズスマシなどの水生動物が泳ぎ、あきることがない。
◇小3の12人、生き生きと自然の教室
にぎやかに子供たちの一団がやってきた。河口近くの串本町立古座小の3年生全12人と担任の女性教諭、道本幸浩校長の総勢14人。担任の先生は「以前、隣の集落にある明神小学校で教えていました。いま理科でチョウを学んでいるところで、地域のことを学ぶ総合学習と合わせてここに来ました」。校庭に草地があってトンボがよく飛んでくるのでトンボ捕りは上手だが、ハッチョウトンボを見るのは初めてという子が多く、楽しい生きた理科の勉強になったようだ。
少子化と人口減で、古座小学校は1学年1学級で全校65人。道本校長は子供たち一人ひとりに名前で呼びかけていた。毎年7月下旬に古座川を舞台に開かれる「河内祭」は校区の地域が大きな担い手。「古座小の子供たちが小型の御舟の飾りつけをするので、(御舟を担当する)勇進会の会長さんが材料を持って来られました。この3年生でも、祭りでショウロウ(神のよりまし)を務めた子が二人います」と道本さん。前に海、背後に深い山を抱え、生きた自然と歴史を学ぶには実にいい教育環境だと思う。
◇放棄水田が保護地に、見守る直見地区の人々
保護地はもともと直見の人々が水田を営んでいたが、1990年代に高齢化が進んで稲作ができなくなり放棄されたところ、ハッチョウトンボが多く発生した。近くの旧銅山跡から清冽な湧水が流れ込んでおり、水が絶えず確保されていることがハッチョウトンボの生息と繁殖にとって適地だったようだ。古座川町が天然記念物に指定し、町が買入れて木道などを整備した。放っておくとススキなどが繁茂して乾燥化するので、直見地区の住民や、町内の愛好家らがつくる「ハッチョウトンボを守る会」が協力して、トンボが活動する前の冬から春先にかけた時期に草刈りを続けている。
直見は40戸ほどの集落。碧の深い淵をたたえた川、青い山がまわりをとりまき、田畑が広がる美しい村だ。花に彩られた家の前の女性は「一軒にお年寄り一人か老夫婦二人で住む家がほとんどですが、みんなが助け合っています。草刈りの時は区長から知らせて、都合のつく人が自主的に参加しています」と話していた。最近、カヌー好きの一家が都会から移ってきて赤ちゃんが生まれたという明るいニュースもあったそうだ。
のんびり歩いて、見て、聞いて3時間以上直見でぬくぬくした時を過ごして、往路を戻った。古座川沿いの牡丹岩や、河内祭で御船がぐるぐる回る川中の聖なる島=河内様(こおったま)=などを眺めながら下り、昼過ぎに町役場のある高池に戻った。「古座川トンボの会」会長で町文化財保護審会長の辻新さんと、町教委教育課長の坂本耕一さんに話を聞いた。
「指定当時は全国的にこうした放棄水田の跡にハッチョウトンボが多く発生するという話をよく聞きました。しっかり保全しようと対策を取り過ぎてかえって減らしてしまう地域もあったので、あまり手を加えずに、こうした経過も含めて保全しようと町の天然記念物に指定しました。明るい開放水面を保つために根元から草を抜き、土中の穴で産卵や孵化がしやすくできるよう工夫しました」と辻さん。坂本さんは「清流にまつわる伝説をもとにしたキャラクターも頭にハッチョウトンボを乗せています。一昨年には隣接する放棄水田も緩衝地帯として買収、国の農山村集落事業を使って、保護地に湧水を引く設備の整備なども行いました」とハッチョウトンボを町の魅力アップに生かす取り組みを説明した。
やはり一番なのは地元・直見地区の後押し。大谷湿田のハッチョウトンボは全国的に紹介されるようになり、他府県からの見学者からも増えているが、管理人はいなくてもトンボや植物などの採取や湿地の踏み荒らしなどの問題は起きていない。「地元の方に地域の宝として見守っていただいているからこそ」と辻さんは力説した。
ハッチョウトボの生息域は、本州・四国・九州に広がり、私も兵庫丹波の湿地で植物観察会の時に見たことがある。しかし、思い立ったらハッチョウトンボを自由に見られるという生息地は限られている。古座川流域の宝として、この保護地が保たれることを願っている。
(文・写真 小泉 清)