「五新線」の夢の跡 専用道バスも秋風とともに去る                                  
   紀伊半島を南北に貫き五條と新宮を結ぶ壮大な計画だった「五新線」の工事が、「国鉄再建」のあおりで中止となってから50年近く。その路盤の上を走っていた奈良交通の専用道バス」も9月いっぱいで廃止になった。最終日の30日夕、五條市の専用道城戸〜五條駅間(12キロ)を乗り納めした=写真左

 廃止を知ったのは9月26日になってから。今さらという気もあったが、2005年3月に賀名生梅林を訪ねた時に乗った専用道バスが印象的で、五新線を題材にした河瀬直美監督の「萌の朱雀」が記憶に残っていたことから最後を見届けたかった。9年前より運行本数は激減し平日で5本。そのうち五條駅を午後3時37分に出発する便を、専用道箇所の南端の専用道城戸バス停で待ち受けた。

 ◇コスモス、彼岸花、柿…里の風景が間近に

 城戸は五條市に吸収合併された西吉野村の中心地、西吉野支所(旧西吉野村役場)の前から坂を上がると専用道バス停と広い待合室がある。バス道に使われているのはここまでだが、五新線の路盤はさらに南に続き、トンネルが掘られている=写真右。今は金網で封鎖されているが、1979年に4年がかりの工事で完成した城戸トンネル(760m)。ここで「萌の朱雀」のロケが行われたという。

 鉄道・バス愛好家が次々と集結する中、4時過ぎには満杯となった3台のバスが到着した=写真下。私は専用道を下りて終点の西吉野温泉で折り返してきた定期バスに乗車。幅3mの専用道だけに視野を妨げる他の車はなく、沿線が左右とも至近に見える。暗いトンネルをいくつも抜けながら、車窓からコスモス、彼岸花、特産の柿と秋の風景をたっぷり楽しめた。山あいから平地に移ると専用軌道区間は終わり、一般道路に入って27分、520円のバス旅行を終えた。

 ◇珍しさに魅力、季節限定でも再び走ってほしい
 
  廃止の理由は「トンネルが老朽化し通行にも危険」とのこと。城戸で地元の年配の男性と話すと「国鉄が専用道バスを始めた1965年直後は、西吉野温泉への団体客を乗せたバスが連なって来てましたが…」と感慨深げだったが、「今は住民も観光客もマイカー利用がほとんどだし、国道を走る路線バスもあるので、専用道バスがなくなってもそう影響ありません」と意外と冷ややかな声が多かった。

 今回の廃止を前に27日の土曜日にはさよならイベントが開かれ、専用道城戸バス停では記念碑も除幕された。30日を含め何回も特別運行された国鉄時代のボンネット型バスはすぐに予約でいっぱいになったそうでだ。しかし、関西はもとより首都圏から多くのファンがやってきた30日には、バス停周辺には飾りつけもなかった。私は、バスの時間の関係で午後2時ごろには城戸についていたので、西吉野温泉の「きすみ館」という施設で入湯したが、居合わせた客は地元のお年寄りだけ。ファンを呼び込むPRもなかったようだ。

  むしろ外からの人間には、未完の新線工事跡の専用道バスに珍しさ、新しさが感じられるのだろう。トンネルの補修費次第だろうが、春・秋のシーズン限定でも梅見や柿狩りの観光客向けバスを「五新線の夢の跡」で走らせれば、五條の魅力アップになるのではと思った。
                                        (文・写真  小泉 清)

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