伊吹山 夏のお花畑  滋賀県米原市、岐阜県揖斐川町       
伊吹山のイブキジャコウソウ
・花期 記載の植物はおおむね7月中旬〜8月中旬
・交通  JR東海道線近江長岡駅から湖国バスで伊吹登山口下車。笹又に下山の場合は、「さざれ石公園」から東へ徒歩30分の古屋で揖斐川町コミュニティバス乗車、養老鉄道揖斐駅から大垣へ
・電話  米原市役所(0749・58・2227)
揖斐川町役場(0585・22・2111)
   
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 =2014年7月27日取材


7合目の石灰岩の岩場に広がるイブキジャコウソウ



 
 
 7月も間もなく終わり。関西きっての花の名山・伊吹山(1377m)を滋賀県側の山ろくから登り、岐阜県側に下った。草原の斜面から石灰岩の岩場へと上がっていくと、メタカラコウ、イブキトラノオ、シモツケソウなど色とりどりの花の亜高山性の植物が姿を見せた。岐阜県揖斐川町笹又へのルートにはオオイタヤメイゲツの美林も見られ、山麓を四方に広げる伊吹のさまざまな姿を味わえた。

  近江から美濃、頂から麓へと表情多彩に

  以前は3合目までゴンドラを利用するが定番だったが、運営会社が外資系企業に替わった後は運行休止が続き、今は事実上廃止されている。午前8時半、小雨混じりの天気に不安を感じながら、標高300mの伊吹登山口からすぐ歩き始める。登山口の前には「入山協力金受付」という看板のかかった小屋が建てられ、地元の女性が詰めているので金300円也を素直に渡す。コナラやアベマキの間の山道を上がっていく。未明から早朝にかけて登頂した登山者が下りてくるので、挨拶を交わす。1合目を過ぎると草原になり、2合目では青紫のクサフジなどの花が現れ、エゾフウロなど高山で見られる花も登場する。標高720mの3合目まで1時間半、時間と体力は費やすが、花も意外とあるので歩くのも悪くはないだろう。

  
◇入山料、踏み荒らし防止 保全策は進むが…

 5合目(880m)を越すと登りも急となり、岩場が混じって高山の趣が強まる。濃い黄色の小花が集まったメタカラコウ、先に放射状に白い花をつけるシシウドが斜面に背を伸ばす。7合目(1080m)になると石灰岩の岩場のまわりにイブキジャコウソウの赤紫の小さな花が広がる。赤紫のカワラナデシコは目にさわやかだ。降り続いていた小雨も上がって夏の陽射しが戻ってくるが、次々に現れる花と吹き渡る風が、汗と疲労を和らげてくれる。
 
 以前と比べて登山ルートをきちんと決めて「植物保護のため立ち入り禁止」としている場所は増えている。最近スティックを手にする登山者が一般的になり、2本使う人も多いので植物への負荷は増しているので、相当の注意が必要だろう。

 8合目が近づくと石灰岩が点在する頂上付近のカルスト地形が見えてくる。釣鐘型の白い花に淡いワインレッドの斑点がかかったヤマホタルブクロが迎えてくれる8合目で「もう一息」、9合目前からはなだらかな高原になってシモツケソウやイブキトラノオが現れる。つぼみの形が欄干の擬宝珠(ぎぼうし)そっくりのオオバギボウシも多い。山頂一帯の植物群落は国の特別天然記念物にも指定されたが、近畿の1400mにも満たない山で、これだけ多種の亜高山性の植物が見られるのは驚異だ。太古のサンゴ礁からできた石灰岩の地質をはじめ、さまざまな自然の条件が重なり合ったのだろう。

 標高1377mの頂上を踏む。この日は日曜とはいっても雨混じりの天気で登山者は少なめだったが、北側の伊吹ドライブウェー駐車場から上がってきた人が加わって人があふれる。山上の売店ののぼりや看板も派手で、一般の観光地並みの雰囲気になっているのはちょっと残念だ。

 伊吹山のお花畑の保全・再生は、滋賀県、岐阜県、環境省でつくる「伊吹山自然再生協議会」が取り組んでいる。今年からは徴収を始めた入山協力金でお花畑の管理や登山道の維持に充てるという。行政と、地元や周辺地域の住民が一体となった取り組みが期待されるが、50年前に山頂直下までドライブウェイが通じ近畿・東海を中心に一般の観光客も多く訪れる伊吹山では、人間の与える負荷は白山などと比べずっと大きいだろう。山頂近くでも外来種のセイヨウタンポポが広がっていると保護団体の人から聞いたが、外来種の侵入防止などは来山者の相当な協力がないと進まないのでは、と思う。自然だけでなく霊山の文化的伝統を尊重するためにも、売店はドライブウェイ駐車場付近まで下りてもらった方がいいのではないか。.


  
◇オオイタヤメイゲツの美林下り、さざれ石の里へ

  ミヤコアザミや青紫の穂状の花が咲くクガイソウを見ながら、山頂お花畑の東遊歩道を駐車場まで下る。今回は岐阜県へ下山ルートをとるため東へ歩を急ぐ。オオワシを撮ろうと望遠レンズをつけたカメラが並ぶドライブウェイを20分ほど1・5キロホド下った静馬ケ原から北尾根へ向かう道に折れ、すぐ東側に分かれる山腹の小道を選ぶ。このあたり奥美濃の山々を前方に望み、草地にはカワラナデシコやキオンなどお花畑の花も再び見られる気持ちの良い場所だ。石灰岩地に生えるオオイタヤメイゲツの樹林の間の急坂を下る。立派な炭焼き窯の跡があり、里人が暮らしのために使う道だったのだろう。滋賀県側の登山路と景観はずいぶん違うが、誰とも出会うことなく静かな伊吹山の姿を味わえる。

 山頂から1時間半ほど笹又に下りた。今では廃村になっているが、畑は維持され、車で通って耕している。かぎをかけたゲートが二か所あり、畑の作物を狙って下りてくるシカやイノシシの被害は深刻なようだ。耕しに来ている人に「さざれ石公園」への道を教えてもらった。川沿いの草地に「君が代」に詠まれたというさざれ石の巨岩がまつられ、脇に「国歌 君が代発祥の地  内閣総理大臣 中曽根康弘」と刻まれた大きな石碑が建てられている。説明板には「石灰岩が長い年月に雨水で溶けて液状となり、その中に小石が集まった石灰質角礫(れき)岩」と書かれている。「君が代論争」はさておき、大地が長い時間をかけて作り出した作品であることは確かだ。石灰岩地の上に織りなす多彩な植物を思い返し、自然の強い息吹を感じた。

  
◇今も暮らしの中に薬草、伊吹への山道を守る

 公園から川沿いに下りて20分くらいで古屋の集落へ。立派な構えの家も残っているが空き家が目立ってきている。むらの草刈りを終えた後らしく、海戸神社脇のバス停あたりに地元の人が集まっていたので、「ここから、よく伊吹山に登りますか」と尋ねた。60代後半の男性の話では、静馬ケ原のあたりは昔はもっと薬草が広がっていて、里の人々は笹又道を上がって摘み、風呂に入れたり、自家用の薬に煎じたり、花を愛でたりしたという。「ドライブウェイが通っていなかった小学生の時は、分校に泊まって暗いうちから伊吹山に登りました。中学生くらいになると友達と誘い合わせてよく登っていました」。今は戸数は20戸に半減し高齢化が進んで子供の世代がいなくなって伊吹山に登ることは少なくなったが、毎年6月と8月には草刈り機をかついで山道を上がる。「草刈りをやめると道が埋もれ、薬草も育たなくなるので続けています」と話していた。私たち登山者が笹丈ルートを歩くことができるのも、里の人々のおかげと知って頭が下がる。

 過疎と高齢化が進む中でも、古屋では薬草のトウキの栽培にも取り組んでいる。古屋から車で30分の「かすがモリモリ村リフレッシュ館」では春日地区で採れた薬草を使った薬草風呂や薬膳料理が人気を呼んでおり、薬草と暮らしの結びつきは今も強い。古屋をはじめ旧春日村では冷涼な気候から上質の茶が採れ、紅茶に加工して販売している栽培者もいるといい、帰りのバスの車窓からも、山腹の斜面に茶畑の段々が見られた。伊吹の恵みと、それを守り生かしている人々の営みは山麓に広がっている。

    すっきりと伊吹山頂に着けるようにしたい 笹又コース  

  (文・写真 小泉 清)