古座川一枚岩周辺のキイジョウロウホトトギス 和歌山県古座川町      

・花期 
10月上旬〜下旬 。日当たりなど場所によって差がある
・交通  車ならR42から串本町高富でR171へ。古座川流域の風物を楽しむならJR紀勢線古座駅(特急停車)下車、駅前の古座観光協会のレンタル電動アシスト自転車利用がおすすめ
・電話  一枚岩鹿鳴館(0735・78・0244)
古座川町役場(0735・72・0180)
古座観光協会(0735・72・0645)
  
 
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   =2012年10月15日取材


滝とともに落ちるかのように垂れるキイジョウロウホトトギスの花
 
 
 奥深い熊野の峰々から幾多の流れを集めて熊野灘に注ぐ古座川。その本流から支流、さらに谷筋に分け入っていくと、紀伊半島南部だけに自生しするキイジョウロウホトトギスの花が、苔に覆われた岩壁を黄金色に染めていた。

    清流の奥深く 岩壁に秘めやかな輝き

  古座街道を離れ、谷川沿いの細い林道を自転車で上がった。少しカーブになったところで突然、谷側の木立の上に滝の上部が見えてくる。相当高い滝に違いない。自転車を停め、踏み跡をたどって谷に下りると、流れの対岸の垂直の漆黒の岩壁を一条に落下する滝が全貌を現わした。高さ30m以上、段や分岐なく、緑碧色の水をたたえた滝壺に一気に落ちる勇壮な滝だ。

 滝のすぐ左の岩壁一面が黄金色に染まっている。滝壺まで近づいて見上げると、苔に覆われた岩壁からキイジョウロウホトトギスの釣鐘形の花が垂れ下がっている。昼前でも薄暗い谷の中、一輪一輪が光を放っているようだ。秘密の宝物をそっと見た気持ちになり、胸の高鳴りを押さえて林道に戻った。

  ◇断崖が守ってきた絶滅危惧種

  再び自転車で古座川本流沿いの道を進んで、支流をさかのぼる林道に入る。幾つか目のカーブを曲がると、植林した杉林の向こうに三角錐の岩塊が見え、切り立った斜面が黄金色に染め上げられている。

 また自転車を停めて杉林を抜け、川岸に下りた。岩塊は高さ35mほど、一枚岩のような等質の岩体で、よじ登るにしても手掛かりのないような岩だ。キイジョウロウホトトギスはその岩の幅40mほどにわたり自生し、川面の1・5m上程から頂まで途切れずに続いている個所もあって壮観だ。古座川支流の清冽な水と適度な日照を受けて育ち、人やシカを寄せ付けない急崖が生息を守ってきたのだろう。

 エビ捕りに来ていた奥の集落の人によると、「以前は岩壁一面を花が埋め尽くしていましたが、台風で根こそぎ流されてしまいました」。昔々から毎年秋にこの岩壁を染めていたはずだが、「黄色い花がいっぱい咲いているのは毎年見ていましたが、そんなに貴重とされているとは思っていませんでした。おととしくらいから近辺ではよく知られるようになりました」という。この日も、古座川町の他の地区から5人の女性グループが見学に訪れていた。

  自生地の減少で絶滅危惧種に指定されているキイジョウロウホトトギス。石垣で再生してきた取り組みを古座川最上流のすさみ町佐本などで見てきた。上臈の名前にふさわしいこの花の高貴な表情は、石垣や鉢植、切り花でも伝わってきた。しかし、南紀の自然の中で断崖で自生する花は野性味を加え、さらに引き立つ。

  ◇一枚岩対岸に身近な自生地と育成地

 ここからそう遠くない一枚岩に向かった。一枚岩対岸にある一枚岩鹿鳴館前の国道沿いの崖にはキイジョウロウホトトギスの自生地があり、「次世代に残すためみんなで守ろう」と保全を訴える観光協会の説明板も建てられている。崖崩れ防止のネットが張られて自然の雰囲気を堪能できるとは言えないが、先の二か所と違って行きやすい場所にあり、公表もされているので、手軽に自生の花を見ることができる。

 一枚岩の岩壁にもキイジョウロウホトトギスが咲くと聞いて目を凝らしてみたが、黄色に染まったようなところは見つからない。鹿鳴館のスタッフに尋ねると、備え付けの望遠鏡を東側の切れ目のあたりに向けて固定してくれた。望遠鏡をのぞくと木々の間に4、5本の株の花が見えた。「遠目でわかるほど咲いていた時もあったのですが…」と残念そうだった。

  ◇保全と活用進め元気な里に

 古座川町では、一枚岩周辺をはじめ地元の人々がキイジョウロウホトトギスの保全と、これを生かした地域振興に取り組む。洞尾の集落に住む田上實さん(84)は、自然公園管理員を務めていた10年ほど前から、自生株の種を集めて自宅で発芽させ庭の石垣で育てて、崖に植え戻すなど保護に努めてきた。その後、古座川町の後押しも得て古座川キイジョウロウホトトギス愛好会が発足、自生地と少し離して育成地を設けている。

 昨年5月からは会員が自宅で育てた苗を一枚岩センターで販売して好評で、和歌山市の県民交流プラザにも広げていた。昨年の台風被害などの影響で今年は扱えなかったが、「コケやシダなどキイジョウロウホトトギスを引き立てる植物を配するなど工夫を加えて伸ばしていきたい」と愛好会副会長の田上さんは話している。

 訪れた自生地のうち、一枚岩に近い岩壁については、保全を確立して公開できないか検討されている。車が押しかける月並みな観光名所ではなく、古座川流域ならではの奥まった谷の静寂な雰囲気の中で、自然なままのキイジョウロウホトトギスを見られる場。そういう形で、地元の活性化に役立てばいいと思う。

 田上さんの住む洞尾はかつて30戸あったが、一時は4戸までに減少した。しかし、8年前から緑の雇用事業や農地を提供する支援制度などで農林業を志す都会からの移住者も入ってきた。「小学校や幼稚園に通う子もいて、『おじいちゃん、おばあちゃん』と寄ってくれるので癒されます」と田上さんは顔をほころばせた。

 こうした新住人もキイジョウロウホトトギスの鉢栽培を始め、これからは古座川寄りの石垣を使って育てるという。この花が新しい里の秋を飾る花となっていくかもしれない。
                       (文・写真 小泉 清)