古座川上流・佐本のキイジョウロウホトトギス 和歌山県すさみ町 ![]() |
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熊野灘を見渡す海岸から山あいに入り、古座川水系をさかのぼって車で40分、すさみ町佐本地区に入る。「キイジョウロウホトトギスの里 西野川」の木の看板に導かれて細い道を進むと、最上流の西野谷川沿いの集落の石垣に鮮やかな黄色の花、キイジョウロウホトトギスが垂れていた。 谷あいの里に甦った高貴な舞い釣鐘の形の花の内側には紫褐色の斑紋。濃い緑に縦じまのある葉もつややかだ。花の斑紋が鳥のホトトギスの胸の斑点と似ていることから名づけられたホトトギスは、日本の秋を代表する山野草として知られているが、その中でも、紀伊半島南部にだけ自生するこの花は、紀伊と上臈(身分の高い女官)の字を冠して貴ばれてきた。![]() かつてはこの古座川流域をはじめ熊野の山中の崖に多く自生してしていたが、乱獲などで激減。環境庁の「レッドデータブック」で「危急」とされるまでになっている。「空気中の湿度が高くなければならないが、根の部分にあまり水分が残ってはいけない。夏から秋には日照が強いと葉枯れしてしまうが、芽が出る春には日照が必要など育つ条件が難しい。下草刈りなど山の手入れがされなくなったことも減少の原因ではないか」とみられている。 佐本のキイジョロウホトトギスは、この集落の山中茂さん(82)が30年以上の歳月をかけて育ててきたものだ。近くの寺で咲いていたこの花の美しさにひかれ、一本の苗を植えたところ、生息環境がよほど合っていたのか、種が自然と広がって、年を追うごとに増えていった。 花を見に遠方から人が訪れ、茶道や華道をたしなむ人から切花を分けて欲しいという便りも舞い込むようになった。2000年には、佐本地区で生産組合ができ、山中さんが長年の経験をもとに栽培の仕方を指導。西野川だけでなく佐本の4地区に広がり、都会から移り住んできた人も参加するようになった。 ◇一本からの復活、担い手高齢化などの壁も ![]() ![]() 谷口さん方から歩いてその育成地を見に行った。防護柵の効果か、二か所とも食べ荒らされた形跡はない。つややかな葉の間に鮮やかで、しかも気品のある花が枝垂れていて、遠路車を駆って見に来た価値はある。西野川わきの石垣は、適度な日照と湿り気を、自然の岩壁に近い条件で提供しているようだ。一方、温度調節機能を備えた育苗ハウス施設に置かれた鉢植は、この夏の厳しさのためか、葉が日焼けした状態のものが多かった。人工的に置き換えられない自然の微妙な配材があってこそあの花と葉の輝きが生まれるのだろう。 茶道や華道の花として、特に京都や奈良の市場で高い人気を呼んできた佐本のキイジョウロウホトトギス。ただ、景気の低迷の影響もあってか市場価格が三分の一近くに落ち込んでいるのは残念だ。しかし、栽培体制が整えば全国的に通用する価値のある「高嶺の花」であることは疑いない。 ![]() ◇花にも実にも清冽な水の恵み 山と川にはさまれた西野谷で、6戸の人々が田や畑を営々と耕している。すでに稲刈りは済んでいたが、この日はモチゴメの収穫が行われていた。「きれいな水のおかげで本当においしいいコメがとれます。祭で味わってからずっと注文してくれる人もいるんですよ」と谷口さんと妻の駒子さん(74)は誇らしげに話していた。今年は10月6、7日の土日、西野川を第一会場に紀伊ジョウロウホトトギス祭が開かれ、切り花や生産者が持ち寄った鉢植が展示販売される。組合員以外でもコメやシイタケ、野菜などを出品でき、地域ぐるみの祭りとなる。昨年は台風被害で中止になっただけに、地元の人々の期待は大きい。 かつては山から杉やヒノキを切り出し、丸太のままで古座川に流して河口の古座に運んでいた佐本の人々。林業は衰えたが、山と川の恵みを生かし続けている。 ◇佐本に移り住んで10年、再生の先頭に ![]() 桜井さんは名古屋でレコード店を営んでいたが、知人を通じて佐本の魅力を知り、3、4年間何度も通った後に住み着いた。荒れた場所を切り開いて畑や庭にし、キイジョウロウホトトギスの育て方を山中さんから教わって、石垣を使った育成地を9か所まで増やしていった。転入してすぐ区長に推されるなど地元に入り込んだ桜井さんは、今年から生産組合の組合長に。生産体制の建て直しに駆け回り、「もう一度やってみよう」と組合に復帰してしてきた人もいるという。 山と谷のはざ間の里で甦ったキイジョウロウホトトギスは、輝きを失うことなく高く舞い続けることだろう。 (文・写真 小泉 清) ★若い力加わり紀伊ジョウロウホトトギス祭り 2015.10.4取材 |