若狭湾を前に京都府、福井県にまたがって立つ青葉山(693m)。西国二十九番札所の松尾寺(まつのおでら)から登る道は3月末になっても雪で埋もれていた。それでも、陽の当たる急坂を登っていくと雪割草(ゆきわりそう)の名で呼ばれるミスミソウがところどころで小さな白い花を開き始めていた。
雪深い岩峰にようやく春のさきがけ
松尾寺口から川の流れに沿って松尾寺への道をたどる。昨年6月の豪雨の土砂崩れで通行止めとなっている車道を避け、旧来の参詣道をたどる。フキノトウが顔を出し、春の訪れを感じさせるが、竹やかん木が倒れて道をふさいでいて歩きにくくなっている。1時間ほどで西国三十三か所めぐりの人々でにぎわう松尾寺に着く。
ここで標高255m、山麓とは打って変わって雪の世界となっており、雪のついた階段を上がって本堂にお参りすると、周囲は1mを越す雪で埋まっていた。本堂の裏から青葉山への道が続いていたはずなのだが、雪で埋まり、しかも竹林が倒れてふさいでいるため、道がわからなくなっている。本堂前で会った寺の人が「この冬は特に雪が多くて、雪の重みで木や竹が大量に倒れたため、青葉山に向かった登山者でも引き返して来られる方が多いです」と話していた。
何度も行く先を迷いながらも、方角を北北東に合わせて進んでいくと、青葉山西峰が姿を見せた。ちょうどここに松尾寺の石鳥居が立っていて、その鳥居越しに西峰をあおぐのだが、その鳥居が消えて、右側の柱だけが残っている。しばらくは植林された杉の間を進み、モミの高木を見上げながら雪道を進む。鳥居のあたりから先に登った人の踏み跡もついているので、幾分歩きやすくなる。
標高400mを越えるあたりから道は明るく、急になる。陽の当たったとことは雪も消えているので、雪道を歩く必要はなくなくなったが、それでも少し日陰に入ると雪が残っている。道は険しさを増していき、岩に鉄ばしごをかけたり、ロープや木の根をつかんで越える難所もある。雪をかぶって滑りやすくなっているはしごもあるので、慎重に上がる。
◇ブナ林の林床、陽だまりに三角の葉
標高500mを越えてブナ林となる。ふと足を止めて周囲に目をやると、落ち葉の上に朝の陽射しを受けた白い花が一輪、二輪と開いている。葉を見ると三つに別れ先がとがった特徴のある三角の形をしており、期待していたミスミソウに違いない。花びらのように見えるものはガクというが、「花径」は1・5cm足らずで、まだ咲き始めたばかりのようだ。標高700mあたりから三輪、四輪とまとまって咲くミスミソウも見られて、心をなごませてくれる。白が基本だが、オシベが薄紅色だったり全体として赤みを帯びたり株ごとの個性があるようだ。
花は雪の解けた陽だまりに見られ、雪割草の名そのもののように雪を割って花が咲くといった情景は見にくい。しかし、春から夏へトキワイカリソウ、イブキジャコウソウといった花が咲き継がれる青葉山でも、いま見られるのはこの花くらい。雪の山から花の山へ移っていくさきがけとしてミスミソウは落葉樹の下でひときわ輝く。
頂上が近づいて来ると再び雪道になる。松尾寺の石灯篭と奥の院を通り、西峰の頂(692m)に立った。入り口で迷ったこともあり、松尾寺から3時間近く。通常の倍の時間かかってしまったことになる。北側の岩を上がると、眼下に若狭湾、特に手前に大きく入り込んだ内浦湾が手にとるように見える。これだけ海の景色を山頂から間近にとらえられる山は少ない。
山頂のお堂に登頂者の書き込むノートが置いてあったので拝見した。「この前は大雪のため鳥居で撤退したので再挑戦」という記述もあり、今年は尾根道に近づくのも難しい厳しい状況だったのだろう。実は3年前の3月15日に登ったこともあるが、その時は雪は日陰を除いて消え、ミスミソウももっと多く咲いていた。この年は3月初頭から咲いている記述があるので、今年は季節の歩みが大きく遅れているのだろう。
この時と同じく西峰山頂から東峰へ向かう岩場の尾根道をとる予定だった。ここからは福井県高浜町の領域で、ブナ林の間の雪道を少し東に進む。西峰と東峰の間は積雪期にたどる人は少ないのか、踏み跡もない。人の踏んでいない雪道をたどるのは魅力もあるが、気温が上がってきて雪が緩んできているのか沈み方が激しく、どれだけ時間がかかるか読めない。だ。木々の足元にササもよく茂っているためか、15日に降った雪が結構残っている。大天気は晴れているが風が強まってきたこともあって東峰への縦走は断念、登路を下って松尾寺に戻った。
◇例年にない大雪、石鳥居まで崩す
松尾心空名誉住職のお話では、今年の雪は特別で、鳥居のところまで近づけず、鳥居の被害状況の確認もまだできていないという。文化財に指定されたものではないとのことで復旧も難しいかもしれないが、修験道や神仏習合の信仰史を示す貴重な建造物には違いない。
門前の集落の人々に尋ねると、「今年は5月まで雪が残りそうです」「春の観光シーズンまでには、雪で倒れたり傾いた道路沿いの木や竹は何とかしないと」と話していた。
多すぎると、地元の人に迷惑な雪だが、青葉山のブナ林も、その林床に咲く花々も豊かな積雪があって生育していく。外からの登山者にとっても思いもよらなかった雪で、予定も大きく変わったが、おかげで3月末に雪山を体験し、季節のうつりかわりをはっきりと味わうことができた。自然の恵みと、その自然とともに生きてきた人々に感謝して山を下りた。
(文・写真 小泉 清)
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