亜熱帯の自然をそのまま残す西表島。マングローブの広がる浦内川を船でさかのぼり、マリュドゥの滝、カンビレーの滝を越えて川ぞいの細い道をあるき、支流のイタジキ(板敷)川の激流を渡ってマヤグスクの滝を目指した。次々現れる亜熱帯の草木の花や実、独特のトカゲやカエルの卵など西表の多彩ないきものの姿を見ることができた。
密林抜け激流を渡って“山猫の城”へ
沖縄本島からさらに南西へ400キロ以上離れた西表島は、沖縄では沖縄本島に次いで広い島だ。9割がジャングルに包まれ、東部と西部を結ぶ道路ができたのも1977年と、亜熱帯の自然が残る。西表には北西から南東へジャングルを縦断するコースがあり、これを踏破するのが10年来の目標だったが、今の時期は雨天が続くこともあり、縦断道から奥に入ったマヤグスクの滝の往復とした。同行者は連れ合いと就職目前の次男だが、安全性の確保に加え、関西とは異質の風土を案内してほしい。そう期待して、20歳の時に来島した経験豊かなガイドで、西表島バナナハウス代表の森本孝房さん(55)に先導してもらうことにした。
◇恐竜時代思わせる大型木生シダ
西表に着いた前日の21日昼から雨が続き、22日の未明まで降っていたが、明け方には奇跡的に雨が上がって浦内川河口部の橋の上手からチャーター船に乗り込む。かなり上流まで海水が干満を繰り返す汽水域となっていて、オヒルギ=クリックで写真=、メヒルギを中心としたマングローブが続いている。今は満潮時なので根の部分は水につかって見えない。上流へ8キロ、30分ほどさかのぼるとマングローブは消えてヒカゲヘゴなど大型のシダ植物が目立つ。
軍艦岩に上陸して8時過ぎからマリュドゥの滝への遊歩道を進む。30分ほどで展望台に出て滝が姿を見せる。幅20m、落差16mの二段となっている滝で、この日はほぼ川いっぱいに広がっている。「ふだんはこんなに幅がなく、今日は2倍以上の水量があるでしょう」と森本さん。ここから10分ほどでカンビレーの滝。「神々の座る場所」という意味で、男の神ばかりだった西表に長崎から女神が招かれたという伝説があるそうだ。
カンビレーの滝からは、観光地の雰囲気は消え、道も厳しくなる。「西表島は堆積層の砂岩でできているので、岩も大変滑りやすく、もろくて動きやすいのです」と森本さんは何度も注意を呼びかける。加えてコケが付着し水に濡れた岩や木の根は、不用意に足を乗せるとつるりと滑ってしまう。谷筋の砂岩の岩盤には、水の流れで小石が回転して削ってできた穴=ポットホール=があり、その中に靴をかけて進んでいった。谷筋を少し外れて登り道にかかる。今度は水気を含んだ赤土の道が続き、これも気をつけないと滑りやすい。
緊張はするが、奥に進めば生き物をさらに見ることができる。「絞め殺しの木」アコウ、赤い実をつけたクマタケラン、サトイモの大型版のような葉をつけるクワズイモなど南紀や高知・室戸岬で見たことのある植物もある。一方、幹に直接実をつける高木のギランイヌビワ、恐竜時代を思わせる大型の木生シダのヒカゲヘゴ、葉が破れ傘のような形のシダのヤブレガサウラボシなどは初めて見た植物だ。「ギランイヌビワの実はヤエヤマオオコウモリの好物です。ギランイヌビワにとってもコウモリに種を広い範囲にまいてもらえるのは好都合で、西表のいきものはお互いに助け合っているのですね」という森本さんの話は印象的だった。地下水が含む珪酸のおかげで樹木が腐らずに化石化した珪化木=クリックで写真=も教えてもらった。
◇イリオモテヤマネコの生息のしるし
動物で直接見たのはキノボリトカゲ。名前のとおり木の幹を登ってきたところを森本さんが教えてくれた。オスはメスに強いところを見せようと腕立て伏せをするという。このトカゲはそこまでしてくれなかったが、近づいても逃げず、何となくユーモラスな表情を見せてくれた。
流れの中にゼラチン状のものがあった。西表島、石垣島に生息するハナサキガエルの卵=クリックで写真=。大型の種は体長10cmを超すが、かえったばかりなのだろうか、ごく小さな白いオタマジャクシがうごめいている。
哺乳類の動物は直接姿を見せないが、活動の後は示してくれる。森本さんは森のところどころにリュウキュウイノシシが餌を求めて鼻で土を掘り返した跡を示し、「イノシシは森のお百姓さんなんです」と説明した。ところどころの木の幹にキバでつけた印もある。オキナワウラジロガシの大木の基部は大きな洞が開いていて、イノシシの絶好の休憩所になっているそうだ。家人が丹波篠山生まれなので、イノシシはなじみが深い動物だが、リュウキュウイノシシは体重60キロに満たず、ニホンイノシシと比べ半分以下。肉にはニホンイノシシと違って臭みがないので、生でも食べられたという。
そして、西表島といえばイリオモテヤマネコ。今では全100頭に減ったという世界にここしかいないヤマネコは影形も現さなかったが、カンピレーの滝から少し上がった道で森本さんが「これがヤマネコの糞です」。鳥類、昆虫、魚と何でも食べることで、この島で生き抜いてきたというイリオモテヤマネコの生きざまに触れられて良かった。
そうこうしているうちに、カンピレーの滝から2時間、浦内川とはイタジキ川の出合に達した。縦断道はこのまま南東に浦内川源流へ向かうが、マヤグスクの滝へはイタジキ川を東に遡る。まずイタジキ川の対岸に渡らなければならない。「雨で増水が激しくて渡れないと、出合から引き返すことになります」と言われていたが、先導の森本さんは前進と判断。「流れを見ているとめまいがしてきますよ」という声を聞きながら手をつなぎ合わせて急流を渡った。
右岸をつたうように30分ほど遡ると、前方に扇のように広がる滝が見えてきた。これがマヤグスクの滝だ。軍艦岩から4時間歩いて正午過ぎ。滝の横の崖を登って滝の上に出たかったが、水量が多すぎてこれは断念した。しかし、水量が多い分、マヤグスク=山猫の城=にふさわしい、野趣たっぷりの滝を見ることができた。
◇谷沿いの森に映えるサキシマツツジ
帰りの船の最終便は午後4時発と、あまりゆっくりしていられないので、昼食はそこそこに復路につく。そうはいっても、目標は達成して同じ道を帰るので、気分的にゆとりは出て、往路に見落としていた植物をたずねながら歩を進める。植物の中には本州でも普通に見られる種もあるが、花期は大分違う。関西では11月から12月にかけて見たツワブキの花は、ここでは今も咲いている。菱形の小型の葉のリュウキュウツワブキを教えてもらった。
カンピレーの滝近くに戻って一息つけば、朱色のツツジが谷沿いの林で咲いていた。西表や石垣だけに自生するサキシマツツジか、台湾にも広がっているタイワンヤマツツジかという。対岸の林には名前も清楚なセイシカ(聖紫花)が薄紅色の花を開き始めていた。
(文・写真 小泉 清)
〔参考図書〕
横塚眞己人 「西表島フィールド図鑑」 実業之日本社、2004
安間繁樹 「ネイチャーツアー西表島」 東海大学出版会、2011
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