湖西の奥深く滋賀・福井県境に立つ百里ケ岳(ひゃくりがだけ)(931m)に登り、続いて日本海の小浜から京に魚を運んだ鯖(さば)街道の峠道をたどった。滋賀県側の麓から一歩一歩標高を上げると、カエデの紅葉は色合いを増し、頂上手前の尾根をブナの黄葉が黄金色に染めていた。

  日本海と都つなぐ深山に黄金の輝き 

 比良山の西側の登山口・梅ノ木から針畑川に沿って走り旧朽木(くつき)村で最も奥の集落・小入谷(おにゅうだに)で降車、地元の朽木山行会が開いた百里新道をたどる。しばらくは植林された杉が続き、次第に現れる広葉樹の色づきもまだ浅く「まだ紅葉には早過ぎたか」と思ってしまう。しかし、標高500m、600mと高度を上げていくとウリハダカエデなどが色合いを増してくる。ハウチワカエデなどは紅葉していく途中で、全山錦秋とまではいかないが、色合いの変化が感じられて面白い。

 ホオの葉など紅葉の時期の早い葉はすでに落ちており、落葉の山道を踏むのも心地良い。木の下にはイワウチワが多く、赤や黄の葉の中で、つややかな緑の葉が映えている。

 2時間半ほどでシチクレ峠、続いて国境尾根の分岐点に着いた。西に折れれば鯖街道の通る根来坂(ねごりざか)に達するが、まずは百里ケ岳の山頂を目指して稜線を北へそのまま進む。標高800mを超えるこの峠のあたりからブナ林が本格的に現れ、灰白色の幹から高く伸びた枝に広がる黄金色の葉は秋の豊かさを感じさせる。白山などのブナ林と比べると小ぶりだろうが、幹周り2・5mほどの木もあり風格を感じさせる。昔に比べると減ったとはいえ、麓の小入谷でも雪が2mを超える地域。豊かな雪がブナを育んできたのだろう。

 分岐の少し上で、頂上から下ってきた年配の男性と出会った。福井県側から来た男性は地下足袋を履き鎌を手に持っており「道が草やかん木に埋まらないよう時々刈り払いに登っています」とのことだった。「もう少し上がると琵琶湖や伊吹山も見えますよ」などと教えてもらった。

 ロープの付けられたちょっとした岩場を越すと、右手の北東側に展望が開ける。言われたとおり琵琶湖の湖面が広がり、対岸に伊吹とみられる山容がうっすらと浮かんでいる。

 このあとブナ林が続く道をたどって、分岐から30分ほどで山頂に着いた。「雲城水源泉の峰」と書かれた小浜市の一番町振興組合の看板もあり、福井県側からもよく登られているようだ。山頂から先ほどの分岐点を経て根来坂に伸びる県境尾根は、太平洋と日本海に流れる水を分ける中央分水嶺。南東側の水は針畑川などとなって流れ出し、安曇川に合流して琵琶湖に注ぎ淀川水系に。一方で北西の水は遠敷川となって小浜湾に注ぐ。東大寺のお水取りに供える水が汲み出される小浜・鵜の瀬の「若狭井」の水の源も百里ケ岳ということで、初めて登ったこの山への親しみと敬意の気持ちが湧いてくる。

 
先ほどのベテラン登山者が教えてくれたように、山頂からはさらに北に尾根道が延び、ブナ林が続く。黄葉は終盤を迎えているブナの木が多いが、山頂北側にも少し下って名残を惜しんだ。山頂から分岐点に戻って、第二の目的地の根来坂への尾根道を西へ進む。今度は南が滋賀県、北が福井県となる道を1時間ほど上り下りすると根来坂。小浜から上がってきた鯖街道の峠には旅人の安全を祈るためか地蔵堂と石塔が建てられていた。ここからさらに西へ登ったおにゅう峠からは周囲の山並みが見渡せる。

 
3時を回ったので少し足取りを急いで鯖街道を下る。街道といっても、このあたりは山道と変らない。今回歩いた道は、小浜から京までの長い街道のうち一部に過ぎないが、こうした道を上り下りした先人の脚力には脱帽する。途中、林道と2か所交差し、焼尾地蔵堂もやや殺風景な林道沿いに建っているが、里の手前まで紅葉の山並みを見ながら、昔からの街道をたどって歩けるのは快い。

                     ◇   
     
 小入谷に戻り、5時過ぎの最終バスが来る間、停留所前に住む清水幸太郎さん(80)に話をうかがった。「昭和30年代までは林業や炭焼きで結構収入が得られ、ここでも20戸くらいの家がありました。小浜からサバに限らず魚や菓子などを担いで鯖街道を歩いて行商に来る人が何人かいて、ここで一泊して二日かけて売り、また峠を越えて帰っていました」。鯖街道は遠い昔ではなく、最近まで山里の暮らしを支える道として使われていたのだ。
 一方、百里ケ岳は中腹までは炭焼きなどに入っていたが、山頂付近は藪に覆われ、信仰の対象でなかったため頂まで登ることはなかったそうだ。太いブナの木が残っているのも人があまり入らなかったためだろう。

 冬は豪雪で交通路が遮断されることもあって、現在、集落は8戸に減った。清水さんも林業の衰退を受けてむらを離れ、草津市で会社勤めをしていたが、定年後は「町にずっといてても仕方がないし・・・」と夫婦で古里に戻り畑を耕している。自然な表情で里に生きる人の話を聞いて、歴史を刻んできた山越えの古道が少し現代につながったような気がした。                                  (文・写真  小泉 清)

       ★ 暮らし支えた道 途切れず今に   (2009年10月30日取材)


     *2年後の再訪*

 県境尾根を黄金色に染めるブナの黄葉をもう一度見たい、できれば百里ケ岳山頂からそのまま日本海側に抜けたいと、前日の雨が上がった2011年10月23日、麓の小入谷に立った。

 朝は好天が広がり、まだ始まったばかりの紅葉を青空をバックに見ながら百里新道を上がる。 ところが、昼過ぎにシチクリ峠に着いて山頂への尾根道を登りかけた途端、ポツポツと雨が降り出した。県境尾根のブナ林はガスの中に。それでも黄葉は見えたが、今年の夏から秋への暑さの影響下か黄葉しきらないまま褐色に変わった葉が目立つようだ。2年前の黄金の輝きは望めないものの、それでもガスの中に立つ灰白色の巨木は貫禄がある。根来峠に着いても雨は降り続いたが、雨の中の木々の表情を見ながら鯖街道を下った。

 夕方4時ごろに小入谷に下り、2年前にいろいろ昔のことを教えてもらった清水幸太郎さん宅を訪ねると、悲しい話が待っていた。ずっと元気だった清水さんが今年の元日、急に病気で亡くなったという。

 百里新道の整備にも携わり、私を含め登山者にいろいろ教えてくれた清水さんには感謝の気持ちでいっぱいだ。鯖街道を暮らしの中で歩いた最後の世代であろう清水さんの話は、大切な記録として留めておきたい。




      ◇案内情報

・時期  ブナの黄葉は10月中旬〜下旬。カエデなど他の落葉広葉樹の紅葉は樹種で異なるが10月上旬〜11月中旬

・交通 京都・出町柳から京都バスで葛川梅ノ木(土日祝日だけ運行)、高島市営バスに乗り換え小入谷下車。帰りは小入谷から市営バスで朽木学校前、江若交通バスに乗り換え終点のJR湖西線安曇川駅

・電話  電話 びわ湖高島観光協会(0740・22・6111)、高島市役所朽木支所(0740・38・2331)

  2009年10月22日取材、2011年10月23日 再取材・再編


  

季節を歩く

百里ケ岳〜鯖街道のブナの黄葉

滋賀県高島市

百里ケ岳のブナ林黄葉

   ☆遠望近景

<ウリハダカエデ>

<頂上遠望>

<県境尾根>

<黄金に染まる>

<根来坂>

<小入谷>

黄葉のブナ林が続く百里ケ岳山頂手前の滋賀・福井県境尾根(2009年10月22日)