梅雨の晴れ間、全国各地で6月の猛暑の記録を更新した24日、東大寺二月堂を訪ねた。3月の修二会(しゅにえ)=お水取り=で練行衆(れんぎょうしゅう)が入る参籠宿所の前のザクロの並木には、鮮やかな赤い花が開いていた。

  子への願いぎっしり 西域生まれの花果に 

  遷都1300年を過ぎてもセントくん人気は残っているのか、修学旅行生でいっぱいの南大門から東大寺に入った。大仏殿には向かわず、鏡池から東に折れて手向山(たむけやま)、八幡宮、三月堂と進むと、修二会で松明の火が走る二月堂が上に見える。その下には若狭井から水を汲み上げる閼伽井屋(あかいや)、参籠宿所、湯屋など修二会にかかわる建物が並ぶ。この参籠宿所から閼伽井屋の西側の道に沿って十数本のザクロの木が並んでいる。

 高さ5、6mほどで幹も太くはなく屈曲しているが、朱色に近い赤い六弁の花が浅い緑の葉に浮かび上がり、この一角が梅雨時のどんよりした雰囲気の中でぱっと明るくなっている感じだ。中国・宋の政治家で詩人の王安石が「万緑叢中紅一点」と一面の緑の中で異彩を放つ花を称えたのもうなずける。

 花期が結構長いので、つぼみもあれば筒状のガクが膨らんで実にうつっていく花もあり、豊かな表情の変化が楽しめる。ザクロの実はそのまま食べても甘さと酸っぱさが溶け合っておいしかったが、果汁は元来、咳止めに効果があるとされ、のどの弱い私も重宝しているので親しみを感じる。特に韓国ではザクロ茶としてエキスや粉末のスティックが手軽に売られているので、先日韓国を訪ねた家人にもお土産にリクエストした。ソウルの店では「肌を滑らかにし、腹に脂肪をつけない美容効果がある」と特に女性に勧めているが、もちろん中年男にもいいそうだ。

 ◇鬼子母神像まつる食堂前に植樹

 ここにザクロの木が植えられているのは、参籠宿所の中でも南側の>食堂(じきどう)に、訶梨帝母(かりていぼ)=鬼子母神(きしもじん)=の坐像がまつられていることによる。

 鬼子母神は千人の子供を持ちながら他人の子供をさらって食べていたが、釈迦にわが子を隠された時の悲しみから改心し、子供の守護神となったといわれる。この時に釈迦が「人の肉が欲しくなればこの実を」と与えたのがザクロの実だったことから、鬼子母神をまつる寺にはザクロの木を植えるそうだ。ちょっとおどろおどろしい印象も受けるが、人の業の深さも感じさせる説話だ。

 鬼子母神といえば「恐れ入谷(いりや)の鬼子母神」の東京都台東区入谷の真源寺などが一般にはよく知られているが、二月堂の訶梨帝母坐像は平安中期の作と見られる一木造りで数少ない像として国の重文に指定されている。姿は拝めないが、一児を懐に抱いた天女の姿になぞらえ、下ぶくれのほおでやさしい表情という。食堂の前には子供の成長や安産を祈る絵馬が掲げられ、子供の服が奉納されている。二月堂から登廊(のぼりろう)を下りて来た女性が、食堂の前で手を合わせていた。

 ◇大震災3日目に1260回目のお水取り

  南側の石段を上がって二月堂の舞台に立った。 修二会では、練行衆を補佐する童子が籠松明を持って駆け上がり、欄干から突き出して振り回す舞台だ。今年の3月13日夜、初めて修二会を見たことを思い出した。11日に東日本大震災が発生して3日目。点火前の放送で東大寺別当が「亡くなられた方々のご冥福を共に祈り、困難な状況におられる方々へ思いをはせ、皆様が自分でできることが何かを考えてください」と静かに語りかけていた。天平の752年以来1260回どんな戦争や災害の年にも一度も途絶えることなく続けられてきた修二会の場だけに、心によく響いた。

 梅雨の晴れ間に、東大寺の境内で最も高い場所から大仏殿の大屋根を見おろし、奈良の街並みを見渡すと心地よい。ここから見てもザクロの花が際立って目立つように感じるのは、この木の原産地が遠くペルシャ(イラン、アフガニスタン周辺)とされるからかもしれない。天平の世からザクロが平城京に伝わっていたとすれば面白いが、ザクロが中国から日本に渡ってきたとされるのは平安時代以降。寺僧の方に尋ねると「イランのザクロは実もずっと大型で、ここのザクロとは大分違います」とのことだった。それでも、正倉院宝物に見られるようにシルクロードの東の終点として西域文化が伝わり、大仏開眼にはペルシャ僧も参加した平城京の東大寺。西アジアから中国、朝鮮半島と広がり、それぞれの地域で花も実も愛されてきたザクロは、この地ならではの魅力を放っている。

 歴史が幾層にも重なった東大寺だけに、ザクロがいつごろ植えられたのかなどよくわからないことも多い。ただ、修二会の話の中でも、達陀帽(だったんぼう)にまつわる行事が印象に残った。達陀は3月12日から3日間行われる火の行法で、内陣を練行衆が大松明を振り回し火と煙の中を立ち回る。このため練行衆のかぶる達陀帽は正面に鍍金した鏡をつけるなど特別仕様なのだが、、行法を終えた15日にこの帽子を幼児にかぶせると元気に育つと、多数の親子が集まるそうだ。

 修二会の中に子供の健やかな成長を祈る行事が自然な形で織り込まれており、子供を守る鬼子母神の像が修二会で使う食堂にまつられているのも自然なことなのだろう。かつて猛威をふるった飢饉や流行病などはまれになっても、地震・津波に加え、原発事故による放射能はとりわけ子供の健康に影響するなど、いつの時代も健やかな成長を脅かすものは絶えない。春を告げる修二会はもちろん、鬼子母神ゆかりのザクロの花が咲く梅雨の季節にも多くの人々が二月堂を訪れるわけがわかるような気がした。
                              (文・写真  小泉 清)


    〔参考図書〕 東大寺監修「ガイドブック 東大寺」大仏奉賛会、2002
            平岡定海著「東大寺辞典」東京堂出版、1995






修二会で使われる参籠宿所の食堂には子育てや安産を守る鬼子母神がまつられる。ザクロの木は鬼子母神のために植えられた
季節を歩く
鬼子母神をまつる二月堂の食堂

東大寺二月堂のザクロ

 奈良市

      ◇案内情報

・花期  6月中旬〜7月初旬

・交通 近鉄奈良駅から東へ徒歩20〜30分

・電話 東大寺(0742・22・5511)

      2011年6月24日取材


  

 ☆遠望近景

<二月堂>

<並木>

<万緑の中>

<眺望>

<裏参道>

<修二会>