多紀連山・御嶽のクリンソウ

      ◇案内情報

・花期  5月中旬〜6月初旬

・交通 JR福知山線篠山口から神姫バスで篠山営業所、日本交通(079・594・1188)の乗り合いタクシーで火打岩へ。マイカーなら舞鶴若狭道の丹南篠山ICから東へ

・電話 多紀連山のクリンソウを守る会事務局(079・552・3596)、篠山市役所(079・552・1111)

      2011年5月14、21日取材


  

  兵庫県篠山市

   ☆遠望近景

<自生地>

<大群落>

<五輪塔>

<ギンリョウソウ>

<ヤマツツジ>

<西の覗>

 かつて大峯山の向こうを張る勢いがあったと伝えられる丹波修験道の聖地だった多紀連山。その主峰の御嶽(みたけ、793m)の中腹の湿地には、新緑の中に紅紫のクリンソウの群落が広がっていた。

  丹波修験の聖地に秘められた花園

 保全を進めてきた「多紀連山のクリンソウを守る会」が5月14日の総会の後、クリンソウの見学会を行うということで、同行させてもらった。御嶽の南東側ふもとの集落・火打岩から山道に取り付く。畑の作物を荒らすシカやイノシシを防ぐ金網の扉をあけて杉林の中の急な山道を北西に上がる。ほどなく山道沿いの木々はコナラなどの自然林に変わる。20分ほどで、もともと御嶽への参拝者が登っていた御嶽道が南から合流する。

 ここから勾配は緩かになり、山並みへの展望も開けて歩きやすくなる。木の陰の薄暗い場所にはギンリョウソウが見られる。やや平らになった地点に鳥居堂跡という木の案内板が建てられ、信仰登山の名残をとどめる。

 標高500mを過ぎたほどの地点で、登山路と分かれて自生地へ下りる小道がついている。シロダモやクマシデなどの落葉樹の中を下ると谷筋と出合い、上流に向かって進んだところ一面に赤紫のクリンソウが広がる。青葉の映る木々の下でこれだけのクリンソウを見られるのは驚きだ。

 実はこのクリンソウの大群落が明るみになったのは2005年。「登山道の直下にクリンソウを見つけたとの知人の話を聞いて確認に入りました。タケが覆ってわからなかったのが、めったにない花が咲いてタケが枯れたため、上から見られるようになっていました。ここは100本程度でしたが、さらに谷を下りると一面に広がっていて足が震えました。クリンソウは多紀連山ではほかに何か所かは見ていましたが、こんなにまとまった場所があるとは思ってもいませんでした」と「守る会」会長の樋口清一さん(74)が説明してくれた。

 「守る会」の行った分布調査では4ヘクタールに17万株が自生している。なぜ、この場所に大規模な群落ができたのか。樋口さんは「谷沿いに段々になった台地の広がった場所があることから、そこに水がしみこんで繁殖に適した場所となっている。人の手が加わった地形ともみられ、少し上の丹波修験の本拠・大岳寺の僧坊に住んでいた人が、かつて段々畑にしていたのではないか」とみている。さらに「クリンソウは、のどの薬草として使われていたことから、僧坊の近くで栽培されていた可能性もある」という。

 「室町時代に大峯山からの指示に従わなかったため、吉野の山伏の焼き討ちにあって滅ぼされた」と伝えられる丹波修験の実態については、古文書などが残っていないことから明らかになっていない。しかし、大岳寺跡とされる場所の藪から礎石20基が見つかっており、自生地に僧坊などがあったことは確かだろう。クリンソウの背後に丹波修験の歴史があることは考えられ、丹波修験がクリンソウとしてよみがえったようで、興味を呼び起こされる。

 そうはいっても、人里に近い谷あいでクリンソウの大群落がなぜわからなかっただろうか。「クリンソウ自体は70年ほど前にもこのあたりで観察した記録がありますが、数はこんなになかったようで、多紀連山で近年シカが増えていることが影響しているようです。他の植物はシカに食い荒らされて減っていますが、クリンソウはシカにとって有毒成分が葉に含まれていてシカが敬遠するため、逆に増えてきたのでしょう」と樋口さんはみている。

 ◇「オープンにして守る」で成果

 この群落をどう守るかについては悩みがあった。色合い、形とも見栄えがするクリンソウは各地で盗掘のえじきになり、せっかくの自生地が壊滅している例が続出していたからだ。しかし、「いずれ見つかって荒らされるよりは公表して、地元の人が加わった会を作り、監視できる体制を作ったほうがいい」と考え「守る会」を結成。所有者の協力を得て一帯を保護地とし、月に1回は草刈りなどの手入れを行ってきた。

 「今のところ盗掘したりゴミを捨てられた跡はありません。車でさっと来られるところでなく、1時間ほど登らなくては見られないところだけに、お訪れる人のマナーはいいようです」という。保護区域の中でも水の流れの変化で、クリンソウの自生する場所は年によって変わり、以前の自生地で今年は一本も花が見られないところもある。「8月ごろに結実する実で増えるのですすが、ほとんどが流されてしまうので、保護地の中では種を人為的に定着するなどして増やす方法も考えています」と樋口さんは話している。

 クリンソウだけでなく、ヤブツバキの真紅の花がまだ残り、野生のフジも見られる。クマシデ、ツガ、キブシなどの木々には「守る会」が焼き杉の板で作った名札をつけている。自生地までの登り下りも危険な個所もなく、自生地とあわせて手ごろな自然観察が楽しめる。

   ◇岩場越す尾根歩き さわやか

 今年は開花がやや遅めのようなので、1週間後の5月21日に再びクリンソウを見に行った。14日は3段くらいだった株も5段、6段ほどになりほぼ満開。お年寄りから子どもまでがにぎわっていた。樋口さんら「守る会」のメンバー4人がこの日も登って来ていて、今年のブロックごとの株の数を調べたり、来訪者へのアンケートを行ったりしていた。

 14日はふもとと自生地との往復だけだったので、今回は登山道をさらに上がって御嶽の山頂に立った。さらに西へ尾根道をたどり西ケ嶽(727m)の山頂を踏み、行場の西の覗(のぞき)を経て多紀連山北西側の里の栗柄に下った。この栗柄は、最終の行の「水行」が行われた里で、今も丹波大峰会が1月3日に護摩法要を営んで、丹波修験の伝統も受け継いできた。

 4月下旬から5月上旬にかけて岩場を彩るヒカゲツツジやシャクナゲの花はさすがに終わっていたが、ところどころ岩場を乗り越える道は適度な緊張感もある。丹波から北摂一帯の山々を見渡す展望も心地よい。丹波修験を少し体感したような気分で歩くことができた。                               
                                         (取材・撮影   小泉 清)






多紀連山・御嶽のクリンソウ
季節を歩く
花の中心にある花茎を伸ばしながら花が上へ上へ積み重なって、寺の塔の頂にある九輪のように咲いていく (5月21日)