冬戻る谷筋に早春のきらめき

 桃の節句の3月3日、早春の山の表情を探ろうと裏側から六甲山に登った。雪と氷の冬景色が残る中、裏六甲の地獄谷や摩耶山北側のシェール道の沢沿いで、春の到来を一番に告げるマンサクの花が輝いていた。

 神戸電鉄小池駅で下りると冷え込みの中、小雪が舞っていた。住宅地を抜けて山道に入れば昨日から雪が降り続いたのか、山道はうっすらと雪でおおわれている。このコースは道をそのまま進めば山上に着くのではなく、谷に下りて石を飛び越えて流れを渡ったり、小ぶりながらも岩壁を乗り越す場所もあり、ル−トファインディングも求められる。一部氷化しているところもあり、岩の上を歩くところでは滑らないように注意しなければならない。用意していた軽アイゼンやスパッツをつけるまでには至らないが、結構時間がかかる。しかし、雪をまとった木々、流れの合間に垂れるつららなどを見ながら進むと、身近な裏六甲の谷で氷雪の世界を味わえる喜びを感じる。出会う人もなく、変化の多い静かな谷歩きが楽しめる。

 ただ、谷を取り巻く木々は葉を落とし、色合いが乏しいのはいささか淋しい。そう思いながら谷の出合いから1時間半ほど歩いてふと滝を越えて振り返ると、黄色の点々がぽっと浮かび上がるように見える。潅木に覆われて近づけず、ややわかりにくいのだが、見渡すと確かにマンサクの小さな花が開いていた。

 支沢の入るところでもマンサクを見かけて東の本流沿いに進むと、ようやく山上からのハイキング道と合流し、ダイヤモンドポイント、三国池へと進む。ドライフラワーのようになったアジサイも雪をうっすらまとい、初夏の鮮やかな花とは違った表情を見せている。穂高湖からシエール道を西へ向かったころ、左手前方の沢沿いに、黄金色の花を満載した枝が四方に広がったマンサクの見事な木が立っていた。おりから雨も上がって晴れ間ものぞき始めたので、今度は花の一つ一つがはっきり見える。花びらが縮れたユニークな形で、直径2cmほどの小さな花だが、いっぱい連なると華やかだ。この木は一つの根元から12本の幹が伸び、高さも7mほどに達し、「早春の森の女王」といった風格がある。

 シェール道の名は六甲山が神戸在住の外国人によって登られ始めたころ、ドイツ人のシェール氏が好んで歩いたことからつけられたという。樹林の間の谷沿いの道は、山上のにぎわいを離れて快適だ。北にマムシ谷が分れるところにもマンサクの花が咲いていた。

 桜谷との出合いでシェール道は徳川道に合流する。開国後に居留外国人と参勤交代の大名との摩擦を避けようと幕府がつくった道で、石畳や川の飛び石が歴史を留める。今回はもう一踏ん張りして又ケ谷沿いの道を上がって西六甲ドライブに出て、正門から神戸市立森林植物園の園地に入った。気温は昼過ぎになっても零度前後で、又ケ谷のあたりから再び雪が降り始め、時間も4時を回ってきた。急いで園内を駆け回ると、小雪が舞う中をマンサクの花が浮かんでいた。

 今年の冬は例年より寒い期間が長かったためか、六甲でも春が多い。今回とほぼ同じコースを1997年2月22日に歩いたことがある。この時はアセビがすでに白い花をたわわにつけ、ほんのり赤みを帯びていたが、今年は3月になっても山上のアセビの花はまだ開ききらない。谷あいにはコナラ、ソヨゴ、アカマツなどさまざまな樹木が続いていたが、依然冬枯れの木立ちだ。それだけに、九州から東北地方まで広く分布する日本原産のこの木が、「春に先ず咲き」「豊年満作を祈って」マンサクと呼ばれるのもうなずける。

 ただ、このマンサクが十数年前から枯れたり花がつかなかったりする問題が全国の里山で発生、六甲山系でも病原菌が原因とされるマンサクの被害が10年ほど前から見られるという。マンサクがよく見られるコースのはずの地獄谷でも、他の潅木に押されて影が薄くなっているように見える。「薪炭などを採りに人が入らなくなって他の木が茂ってきたため、風通しのいい里山の環境を好むマンサクが育ちにくくなったことも考えられます」と専門家は指摘していた。先ほどのシェール道のマンサクでさえ葉に病斑が見つかるなど病原菌の影響が広がっているとされ、心なしか勢いが弱まっているようにも見えるのは残念だ。

 日本の山をぱっと明るくするマンサクが、迎春花のひとつとして谷沿いに咲き続けてほしい。


    ◇案内情報

花期 2月中旬〜3月中旬

交通案内 地獄谷へは神戸電鉄大池駅から。シェール道へ短時間で行くには摩耶山周辺への各登山路から。森林植物園には神戸電鉄北鈴蘭台駅から無料送迎バス

問い合わせ 神戸市役所(078・331・8181)、神戸市立森林植物園(078・591・0253)

   2011年3月3日取材
シェール道沿いに咲くマンサク。花びらが縮れたような花は小さいが、春浅い山でよく目立つ
このページは2011年4月本スタートの予定です。

裏六甲地獄谷〜シェール道

神戸市北区

<滝続く地獄谷>

<冬戻る >

<地獄谷のマンサク>

<早春の女王>

<アセビ>

<枯れアジサ
イ>

    ☆ギャラリー