真壁のひなまつり 茨城県桜川市   

・時期 2023年は2月4日〜3月3日
・交通 JR水戸線岩瀬駅から桜川市バスで下宿下車。東京方面からはつくばエクスプレスでつくば駅下車、北部シャトルバス、桜川市バスで下宿下車

・電話
 
桜川市観光協会(0296-55-1159)
    =2023年2月23日取材

明治中頃に建てられた伊勢屋旅館の屋敷飾り

 
 
  江戸時代の街並みがそっくり残る茨城県桜川市真壁地区で、20年前から開かれている「真壁のひなまつり」。コロナ禍がおさまってきて2月4日から3月3日まで、3年ぶりに再開と聞き、天皇誕生日の2月23日、南隣のつくば市にいる長男一家に、連れて行ってもらった。

 江戸時代からの繁栄留める街並み歩きながら

  真壁は戦国時代に真壁氏が築いた真壁城の城下町だったが、江戸時代になって廃城。しかし、この時代には近郊の木綿や綿製品を東北、江戸から関西の商人とも取引する商いの街として繁栄し、明治になると石材業や製糸業の中心地として街並みを形成。町屋や蔵102棟が国の有形登録文化財になっているのは驚きだ。

◇「石都」の誇り、真壁石のおひなさまも
 
 朝9時の会場に合わせ中心部の駐車場に入ると、大きな真壁石を加工した「石のおひなさま」が迎えてくれる=写真左上。さすが、愛知県岡崎市、香川県庵治町牟礼町と並ぶ三大石都。真壁石材協同組合の会場で石屋さんに尋ねると、各地の花こう岩の中でも、真壁石は細かい目で墓石に重宝されるとか。しかし、墓石や灯篭の需要は減っているので、石雛とともにスマホ立てなど新趣向の置物も並べてアピールしていた。
  
◇「寒い時に温かく」自発的に始まり広がる


  9歳と6歳の姉妹らと一緒に、マップを手に120軒にのぼるお雛さまの展示スポットを歩いて回った。江戸から平成まで各時代のさまざまな雛飾りがそろい、手作りを含めてつるし雛も目立つ=写真左下。車の進入を規制しているので、古い家屋や門構えをじっくり見られる=写真右中。広い関東平野に形成された街だからか、間口も広く町屋が目立つ。江戸時代から続く根本医院の高麗門は文政11年(1826年)に建てられたもので、門のある町屋が多いのも特徴という。

 もちろん、古い建物でなくても、参加している商店もあり気軽に出入りできる。全国の古い街並みを残す多くの町で、こうした雛祭りが開かれているが、これだけ多くの家や商店が参加しているのは少ないだろう。「寒い時期に真壁の街を訪れる人たちを温かく迎えたい」と街の人々が自発的に始めて広がってきたことも嬉しい。

 ◇日野商人も出店、水に着目し酒造始める

  お昼に雛を飾った割烹店=写真右下=に入ると、稲庭うどんのメニューがあった。なぜ、茨城で秋田のうどんをと思ったのですが、歴史をさかのぼると納得。戦国時代の後半には常陸の国は佐竹氏が席捲、真壁氏がも服属したのだが、佐竹氏は関ヶ原の戦いでのあいまいな姿勢を家康にとがめられて秋田に国替え、真壁氏は家臣として秋田に随行、その末裔が打つ稲庭うどんを使っているとのことだった。

 街並みの一画の蔵で酒造りをしている村井醸造は創業300年以上の老舗で、創業者の村井重助は現・滋賀県日野町の近江商人。醤油・味噌を売る店を出店したのが始まりで、筑波山麓の水の良さから酒造りに適した地と着目したという。日野町は私もなじみがある古い街並みが美しい町で、雛祭りの時季にも訪れたことがあった。その時に日野商人の関東進出について聞いていたが、村井重助がこの先鞭をつけていたとは初めて知った。日野商人の勇気とともに、流通の要としての真壁の存在感の大きさがうかがえる。

 ◇じっくり見て、食べて…街に賑わい運ぶ

 それぞれの店が真壁と共に歴史を積み重ねてきた。川島洋品店では、店を抜けて中庭の土蔵に入ると、蔵いっぱいにお雛さまが並ぶ。江戸時代は街道を行き交う商人のために、生活雑貨を扱う今のコンビニのような店を営んでいたようだ。

 雛飾りをのぞきながら町屋を見て回り、真壁伝承館で民話の語りを聞き、農業大国・茨城県ならではの食を食べ、密度の濃い街歩きをうちに夕方になった。石屋さんも「一日だけのイベントでなく1か月開かれているので、都合に合わせて来てじっくり歩いて見てもらえます。石の製品もこの期間にはよく買ってもらえます」と話していた。
 歴史が積み重なってきた街に、「真壁のひなまつり」がこれからもずっと、賑わいを運んできてほしい。
   (文・写真  小泉 清)

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