北三陸・種市で南部潜り学ぶ  岩手県洋野町       

・場所 洋野町立種市歴史民俗資料館JR八戸線種市駅から南東
・時期  常設。水曜・祝日・年末年始は休館無料
・電話  種市歴史民俗資料館(0194・65・3943)
    =2017年8月19日取材

手押しポンプ(右)でヘルメット式潜水器具に空気を送り込む南部潜り
 
   
 青森県横断の終点・八戸から盛岡に戻る途中、岩手県の三陸沿岸最北端の洋野町種市(ひろのちょうたねいち)に停車した。種市といえば「あまちゃん」にも出てきた「南部潜り(なんぶもぐり)」の聖地。ダイバーの端くれとしては通り過ぎるわけにはいかない。

 明治から今まで全国の潜水作業をリード

 旧種市町役場に隣接した種市歴史民俗資料館に入ると、南部潜りで使うヘルメット式潜水器具をメインに展示していた=写真上。専任の館員はいない模様だったが、別室にいた「九戸歴史民俗の会」会長で、南部潜りの歴史に詳しい酒井久男さんに説明してもらえた。

 スキューバと違って、南部潜りは鉄製ヘルメットとゴム製の服で完全に密封され、船上のポンプからホースで潜水士に空気が送られる。動き回るには不便でも、何時間でも海中にいられるので、沈船の引き揚げ、港湾工事などは断然、この方式で行われるそうだ。潜水士と船上のメンバーのチームワークが重要で、以前はモールス信号を応用してロープを動かして伝達したが、今は通信機を使う。

 ヘルメット(17キロ)、潜水靴(17キロ)、鉛のおもり(2個で30キロ)=写真下、右から。服などと合わせて総重量は80キロ。安定した状態で作業するのに必要という。 

 ◇出稼ぎで貴重な収入、潜水病の苦しみも

 この地で「南部潜り」が始まったのは、明治31年に沖合で貨客船が座礁した事故がきっかけ。解体を請け負った「房州潜り」の潜水士から、作業員に雇われていた当時26歳の磯崎定吉が技術を習得したことが始まりだった。

 磯崎から教えを受けた弟子がさらに普及を進め、組合を作って全国の沈船現場に出稼ぎした。昭和28年の青函連絡船・洞爺丸沈没など多くの海難事故でも、南部潜りの潜水士が遺体引き揚げに当たった。危険で過酷な仕事だけに収入は高かったが、潜水病に苦しむ人が多かった。

 種市に南部潜りが広まった背景には、明治になってからのこの地域の貧しさが背景にあった。農業はヤマセによる冷害があり、主な産業だった製塩業も西日本の塩田でつくられた塩の流入や、専売制度の確立で壊滅。北海道のニシン漁に出稼ぎに行く人が多くなったが、低賃金で労働環境は劣悪だった。 

 南部潜りはホヤの採取など漁業にも使われ、今でも男性の漁業者二人が行っている。漁獲効率が良すぎて乱獲につながるので、使う範囲や時期は厳しく制限されている。種市の場合、もともとの素潜りも海女でなく男の海士が行っていた。

 ◇日本唯一、高校で潜水のプロ養成

  「この種市だけが戦後すぐに徒弟制度を脱し、科学的な養成システムを始めたんです」と酒井さんは強調する。戦後処理で艦船の引き揚げが増え、会社組織による潜水作業が主流になってきたことも背景にある。昭和27年には久慈高校種市分校潜水科を発足させ、全国のサルベージ業界や海洋土木業界に人材を送ってきたことが地元の誇りだ

  今は岩手県立種市高校海洋開発科となり、全国から志願者を受け入れている。資料館から北に戻った海岸沿いにあり、立派な実習棟=写真左が建てられている。南部潜りだけでなく、スキューバダイビングも実習する。測量、溶接など船の解体・引き揚げに必要な技術も広く学び、資格も取得できるなど教育内容も充実している。

 ただ、「あまちゃん」でアキがあこがれる種市先輩の通う「北三陸高校潜水土木科」のモデルとして脚光を浴びたものの、潜水士の「危険できつい」イメージが敬遠され、40人の定員割れが続いている。人材確保が迫られる潜水業界の拠出で寮を完備する計画もあるという。海洋国・日本を支える意味からも、志のある若者が種市に集まって学び、盛り上げてほしい。

  酒井さんの説明で、南部潜りの歩みがよくわかったが、せっかくなら実際の南部潜りに接したい。スキューバのような「体験ダイビング」ができれば一番いい.。装置が大がかりなことや安全対策から、無理かと思っていたが、毎年10月に開かれる種市高校文化祭で一般向けに「南部潜り体験」を行っているとのことだ。南隣の久慈市にある水族館「もぐらんぴあ」では土・日に実演をしているとのことだが、本場・種市でも見学の機会を提供してもらえれば、資料館での展示と合わせて理解しやすいだろう。

 あいにく雨が降り続いて、夏の海浜は閑散としていた=写真上それでも、日本の潜水界をリードしてきた種市の海をしっかり頭に留め、帰途についた。
  
          (文・写真 小泉 清)  

 
種高祭で南部潜り体験  2014.10.14
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