60年の歩みきらめく…石橋美術館と惜別の夏                                 
  筑後川の下流域・福岡県久留米市にある石橋美術館で、同館最後の展覧会「石橋美術館物語〜1956 久留米からはじまる。」を見た=写真下。青木繁や坂本繁二郎の代表作をはじめ貴重な日本近代洋画を所蔵する石橋財団が2016年9月で撤退、多くを東京のブリヂストン美術館に移すことが決まっている。まわりの庭園の池で睡蓮の花が開く中、充実感とともに寂しさも感じさせる夏の日だった。

  ◇ラスト展覧会、「海の幸」や「放牧三馬」久留米離れる名画も
  ブリヂストンの創業者・石橋正二郎が1956年に久留米市に寄贈して開館以来、同館が開いた企画展のエッセンスを網羅。青木繁の「海の幸」「わだつみのいろこの宮」、坂本繁二郎の「放牧三馬」、シュールレアリスムの先駆者古賀春江「鳥籠」など久留米ゆかりの作品は画家ごとに構成。藤島武二「天平の面影」、黒田清輝「針仕事」らの名品がそろって見られる。ビル建て替えで休館中のブリヂストン美術館からもピカソ「女の顔」など西洋画の名作が多数寄せられている。石橋美術館としての終幕を飾るのにふさわしい力の入った展示だった。

 美術館を包み込む石橋文化センターの庭園を回ると、広い池には蓮や睡蓮の白い花が涼しげに開いている。カンナ、ルドベキア、セイジ、サルスベリなど鮮やかな真夏の花が咲いている=写真左。パリから帰国後、久留米、八女に根ざして画業を続けた坂本繁二郎のアトリエ=写真下=が移設され、久留米ゆかりのさまざまな園芸種の椿の木に囲まれている。

 ツツジやバラと四季折々の花が絶えないやこの素晴らしい空間の中で名画を見られるのは、久留米の魅力でもあった。それだけに、石橋コレクションの多くが、後継の久留米市美術館で見られないのは改めて寂しさを感じる。もちろん、「海の幸」をはじめ移る作品は、再開されるブリヂストン美術館で見られるだろうし、首都圏では「より見やすくなる」と歓迎する人も多いだろう。千葉の外房で描いたものだし、久留米でだけというものではないだろう。石橋財団は、今回の“撤退”の理由として「公益法人化に伴い、より多くの人に見てもらう」と説明している。

 会場にいた森山秀子副館長に「後半生は八女で描き続けた坂本繁二郎の作品は残らないのですか」と尋ねた。「『放牧三馬』等の作品は東京に移ります。坂本の画業をもっと全国的に知ってほしいという気持ちもあります」と言われ、そうした面もあるのかとも思った。

 ただ、石橋美術館は「28歳で亡くなった友、青木繁の作品を集めた場を久留米に」という坂本の要請を教え子の石橋が受け止めてできた経緯がある。これまでもブリヂストン美術館に何度も持って行って公開しているので、美術愛好者の立場からは本籍は久留米であってもそう問題なかったと思う。「より多くの人に」を量的だけにつきつめると「なんでもかんでも首都圏に」となって、つまらない国だろう。ブリヂストン美術館がすでに開館していたにもかかわらず、日本近代洋画は石橋美術館を本拠にした石橋正二郎とそれを受け継いできた財団の見識は立派と感じていたのだが…。

   ◇青木繁と坂本繁二郎の旧居、近隣住民が守り案内

 美術館を出て自転車で西に向かい、青木繁旧居を訪ねた。近隣の人でつくる旧居保存会の荒木さん夫妻が詰めていて、説明していただいた=写真左。庭の一角には「海の幸」をモチーフにしたブロンズレリーフが置かれている。若いころに「海の幸」を見て在日韓国人の河正雄(ハ・ジョウンさん)が制作を依頼、青木が絵を描いた千葉県館山市の小谷家住宅、韓国の美術館三館とともに寄贈し、7月末に除幕されたばかりだ。

 JR久留米駅近くの坂本繁二郎生家は、青木繁旧居より広い武家屋敷で、京町小学校校区の女性が案内してくれた。坂本が子供のころの描いた絵や青木繁が居候したときに描いた襖も展示。台所、浴室、厠など当時の上級武士の暮らしを映した家屋のつくりがよくわかる。翌日の小学生を対象にしたソーメン流しを準備中、子供たちに楽しみながら学んでもらうように工夫している様子がわかった。

 このような久留米市民らが寄せた「一つでも多くの作品を残してほしい」の署名は4万人の署名を受け、石橋美術館の収蔵品960点のうち200点は石橋財団が寄託する形で残ることになった。青木繁「自画像」や古賀春江「素朴な月夜」、黒田清輝「鉄砲百合」なども含まれている。

 それでも、「海の幸」「わだつみのいろこの宮」などの主要作は久留米から離れる。坂本家で案内いただいた女性は「今までは空気のような存在で、いつでも近くでこうした作品が見られる有難さがわかっていませんでした。市民の熱意で繁二郎さんの作品が戻って来るようにできれば」と話していた。移管が不可避となった今、「『海の幸』をはじめ東京に移る作品も、頻繁に里帰りできるようにしてほしい」という願いが共通の声のようだ。

   ◇今に生きる「世の人々の楽しみと幸福のために」

 森山副館長によると「財団の側は企画展への貸し出しに積極的な姿勢。ただ、『海の幸』をはじめ国の重要文化財については文化庁が移動に慎重な意向で、回数も限られてくるのでは…」とのことで、いろいろ課題も多いようだ。しかし、美術品の輸送技術の進歩も踏まえ、美術館の作品の行き来の活発化は積極的に進めるべきものだろう。新たにスタートする久留米市美術館は、残った作品をフル活用するとともに、石橋財団とのつながりを生かして、公立美術館のリーディングヒッターをめざしてほしい。

 石橋文化センターの正面には「世の人々の楽しみと幸福のために」と石橋正二郎の理念が記されている。文化のすそ野を郷土の久留米をはじめ広げようとした先人の志をいま一度思い起こしたい。

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 <アクセス> 西鉄久留米駅から東へ徒歩10分。JR久留米駅からバスで「文化センター前」へ。旧居などを回るには24時間利用できるレンタサイクル「くるクル」が便利。
 <電話> 石橋美術館 0942−39−1131、久留米観光コンベンション国際交流協会 0942・31・1717

                            =2016年8月19日取材 (文・写真  小泉 清)

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