水害に屈せず、甦るクリンソウの群落                                   
  春の黄金週間前後によく登っている「播磨富士」の笠形山(939m)。今年は「昭和の日」の4月29日、南面の市川町寺家から登り、東側の多可町大屋の集落に下りた。中腹の笠形神社から尾根の笠ノ丸に向かう谷筋には、私には未知だったクリンソウの群落を“発見”、去年の春には壊滅したかと思われた大屋の上流の沢でも群落が甦っていて、嬉しい一日となった。

    ◇大木が囲む笠形神社を通りから谷筋へ

 麓の集落から神社への参道にかかろうとすると、神社から下りてきた年配の男性に出会った。この笠形山はアケボノツツジやクリンソウはもちろん、兵庫県の他の山では見られない木がここだけに自生するなど植物の宝庫という。神社の世話役のこの方も山道の手入れなどをして山を守っている。

 大鳥居を抜けて参道を進むと、笠形寺までの道端には石仏が続く信仰の道だ。大鳥居から1時間、標高500mの平地に笠形神社の拝殿と本殿が建つ。周囲は杉の大木が囲み、ひときわ大きい神木=写真左=は高さ50m、幹周り9・5mと圧倒的な存在感だ。北側には「国宝姫路城心柱之跡」という石柱がある。1959年(昭和34年)の姫路城大修理の時に天守閣の心柱として、ここから高さ42m、幹周り4mの神木のヒノキが切り出されたという。

 笠形神社からしばらく杉林の急坂を登ると明るい尾根道に出るが、ここであえて東側にかすかに残っている谷沿いの踏み跡をたどってみる。笠形山南面にクリンソウがあるとしたらこの谷筋しかないと進むが、それらしいものはない。踏み跡もあやしくなってきたので引き返そうかと思うと、あのクリンソウの特徴のある大きな緑の葉が目に入ってきた。近づくと、200〜300株はある群落=写真下=だ。まだわずかながら赤紫の花が開き始めている。昨年4月下旬に南面の谷を調べた篠山市の保存グループの記録では2013年秋の水害で群落が押し流されて見られなくなったとのことだった。厳密には同じ場所かわからないが、相当回復はしてきたようだ。

 群落は50mほどで途切れたが、今さら元の道に戻るのもと谷筋をつめていくと涸れ沢となり、尾根に取り付いて笠ノ丸に出た。コバノミツバツツジの紫がまぶしい新緑の樹林の道を上り下りし、前回使った西側のグリーンエコー笠形からの登山路を合わせて麓から2時間半、正午前に山頂に立った。頂上の南側手前から笠形山特有のアケボノツツジが満開となっている。

    ◇マイペースで登り下り、大屋地区主催の登山会

 この日の頂上は、ところ狭しとばかりに登山者であふれている。祝日だからだろうが家族連れが多い。この日は毎年大屋地区が催している「笠形山登山」が開かれていて、ほとんどの人がこの参加者だった。一糸乱れずの集団行動ではなく、午前8時から受け付け、注意を聞いて準備体操をしたあと午前9時にスタート、後は自由なペースで登り下りするという運営はいい。

 私も参加者と前後して大屋への道をゆっくりと下った。前を歩いていた単独行の男性とあいさつを交わす。加東市から来た73歳のその方は、定年後は近在の山歩きを楽しんでいるが、4月29日の笠形山登山はこの10年毎回参加しているそうだ。

 尾根から急坂を下りて谷沿いになるが、最も注目していたのが一角にある「クリンソウ保護地」。昨年5月7日に訪れた時は、やはり前年の水害の影響で一本も見られなかったからだ。おそりおそる見てみると、20〜30株のクリンソウが育っていて、うち5、6本は赤紫の小花=写真左=がついていた。5年前に訪ねた時には50株ほど見かけたので完全復活とはいえないだろうが、群生地として戻ってきていることは間違いない。

 心がぱっと明るく軽くなり、後は、二本の名瀑を楽しみながら大屋側の出発点の「ネイチャーパークかさがた」に下り立った。ここで「笠形山登山」参加者は汁のふるまいを受け、記念バッジとクリンソウの鉢をもらう。私は権利はないのだが、先ほどの常連の登山者が「毎年もらっているので」と鉢を譲ってくださった。「夏を越すのが難しい」そうだが一度挑戦してみたい。

 受付にいたスタッフの人に話を聞いた。この「笠形山登山」は世帯数100戸からなる大屋地区がむらおこしにと住民が運営一切を行い実施。一度参加すると翌年も案内状を出し、事前予約もいらないので、常連の参加者が多いそうだ。その中心になっているのが地元有志でつくる大屋ボランティアサークル(略称はOVCでなく、OBS)だ。参加賞のクリンソウの鉢植え200株はOBSのメンバーらが育てている。先の保護地の復元とともに、クリンソウの広がる山と里づくりをめざしてきた藤田忠次さん(88)の志が引き継がれている。

 OBSでは「幹線林道を上がった場所に設けた展望台からは明石海峡大橋も望め、元旦には初日の出を見に来られる人のために、お雑煮を用意しています。夏には川で蛍が舞うのでぜひお越しください」とアピールしている。加古川源流の水がもたらす自然と食、それを生かそうとする人々と魅力を感じさせる大屋の里だ。                  
                  =2015.4.29取材 (文・写真  小泉 清)


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