ぽっくりと馬が春の幸運ぶ摩耶詣祭                                                
  3月最後の土曜日の28日、「摩耶詣祭 摩耶山春山開き」に合わせて再び摩耶山に上がった。今回は、ケーブル+ロープウェイのまやビューラインを使い、掬星台から摩耶山天上寺へ。本堂では古式に添って井戸水を組んで本尊にお供えする閼伽御供(あかごく)に続いて、摩耶山麓に広がっていた菜の花御供が行われていた。

 続いて六甲山牧場から二頭の飾り馬が本堂前に到着。日本在来馬の木曽馬の若葉は桜、ミニチュアホースのチェリーは菜の花で飾られている。本堂前に並び、巫女さんから花かんざし、伊藤浄厳貫主から護符を授けられた後、掬星台までパレード=写真左=した。法螺貝を吹く修験者を先頭に伊藤貫主、巫女が続き、二頭は馬子(六甲山牧場のスタッフ)に引かれて進んだ。若葉は13歳、チェリーは柄は小さいが3歳馬で今秋におめでたの予定という。ともに優しい目でおとなしく歩いて行った。

  ◇古式にのっとる山伏問答も、紫燈護摩供の炎舞う

 掬星台では伊藤貫主が江戸時代には丹波や河内からも3000頭の馬が山に上がった摩耶詣の故事や、神の使いとして幸せを運ぶ役割を担った馬について話した後、摩耶山春山開きを宣言した。メインイベントの「摩耶修験回峰行者紫燈護摩供」は、摩耶修験そのものは途絶えているので、講社・大阪三郷の聖護院門跡に属する修験者を中心に執り行った。古式にのっとって、結界の入り口で問答を交わす。門番が聖護院門跡先達を名乗る行者に、役行者の経歴や衣装、錫杖などについて質問を重ね、行者がよどみなく答えると門番が納得し、結界に導き入れる儀式だ。別の行者が矢を各方向に放った後、ヒノキの葉を集めた山に点火。息災を祈願する炎と煙が摩耶山の上空に舞い上がった。

 農耕馬が使われなくなって途絶えて久しいが、六甲山牧場の馬に“出馬”願って「摩耶詣祭 摩耶山春山開き」として復活した摩耶詣。もちろん従来の民俗行事とは大きく異なるが、このイベントで摩耶山の歴史的な要素を知ることができるとしたらそれも良しだろう。摩耶観光ホテルや摩耶ロッジの名物料理を復活して提供した摩耶鍋も、灘五郷にちなんだ酒粕と白味噌の取り合わせがよく合っていた。

  ◇クロモジ、キブシ…谷筋にきらめく黄金の花                     

 正午過ぎには護摩の火も消えたので、山を下りる。3月8日につぼみが膨らみ始めていた旧境内地の基壇脇のハクモクレンが開花したかもと少し下りると、陽光を受けて開花手前までは来ているのだが、まだ開ききっていない。平地ではハクモクレンは満開から散り初めに移ってきているので、1週間は季節の歩みが遅いようだ。

 いったん山頂に戻って前回は登路に使った地蔵谷を下る。ほんのわずかだったヤブツバキの花もかなり見られるようになり、落椿の範囲も広がっている。3週間には見られなかったクロモジやキブシ=写真右=が開花、一つ一つは小ぶりながら黄色い花が谷筋ではひときわ目立つ。咲き進む花を見ながら進んで、摩耶山の春山開きを体感した。
                                        (文・写真  小泉 清)

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