金糞岳のムラサキヤシオ  滋賀県長浜市       

・花期 5月〜6月上旬
・交通  JR北陸線長浜駅から湖国バスで近江高山バス停下車。乗用車なら北陸自動車道長浜ICから北上。タクシー利用ならJR虎姫駅から高山キャンプ場まで 5000円強
・電話  長浜市役所浅井支所(0749・74・3020)、長浜観光協会(0749・62・4111)
   
 ←
 =2014年5月23日取材


頂上直下の急坂で開花するムラサキヤシオ。微妙な深い色合いにひかれる


 
 
  湖北の奥深く滋賀・岐阜県境に立つ金糞岳(かなくそだけ、1317m)。滋賀県最高峰の座は伊吹山に譲るが、ふもとからたどる道は長く深い。新緑のブナ林が続く稜線には、近畿の山では珍しいツツジのムラサキヤシオの花が開き、足元にはチゴユリヤスミレなどの小さな花がしっかりと咲いていた。

  新緑の秀峰に色合い濃く深く

 バスが通う最奥の集落・高山から姉川上流の草野川に沿いにキャンプ場まで車で入り、そこから旧林道に入る。林道といっても、最近つけられた広域林道と違って1車線で途中から地道になるので歩きやすい。頂上に突き上げる深谷を左手に見送り、関西電力の揚水所の手前から流れを離れて中津尾根を上がっていく。標高630mの地点で広域林道を横切るあたりまでは朱色のヤマツツジや薄紅色のタニウツギの花がよく目立つ。山道の東側はヒノキの植林が続くが人工林で埋められているという感じではなく、西側はナラなどの広葉樹林となっていて樹種も豊かで、登りも苦にならない。

 標高930mの地点でもう一度広域林道を横切り、連状ノ頭を越すあたりからブナ林が続く。そう大きな木は見られず比較的若い木が多いようだが、新緑の葉が心地よい。根元のすぐ上で曲がっている幹も多く、それだけ雪が深く重いのだろう。コナラ、カエデ、リョウブなどの落葉広葉樹が多く、秋の紅葉も見事に違いない。林床には小さい白いチゴユリの花、ナナカマドやガマズミの木の白い花が緑葉の中でよく目立つ。

 登り続けて標高1081mの小朝ノ頭に着くと、眺望がぱっと開けて金糞岳の山頂が姿を現した。堂々とした山容だ。ここからいったん鞍部に下って登り返すことになるが、目標が見えてきたので心強い。このあたりのブナ林は結構幹が太くて立派な木が多い。

 1200mあたりからツツジなどの低木が優先してくる。尾根道の右手に赤紫がかった色のツツジが目に入った。長短の違いのあるオシベが10本ある特徴などからムラサキヤシオに間違いない。5月初めに御在所岳などで見られるアカヤシオのような華やかさはなく、形もすっきりしたロウト状ではないが、紫や赤紫といった言葉で表現しきれない微妙な深い色合いだ。

 このムラサキヤシオを見たのは初めてで、日本での分布地は滋賀県より東とされる。滋賀県内でも、金糞岳の北西9キロにある横山岳(1132m)に以前同じ時期にに登ったことがあるが、このツツジは見かけなかった。いろんな要素が考えられるが、北日本の雪渓のわきなど湿り気の多いところでによく見られるというムラサキヤシオにとっては、雪深い金糞岳は絶好の生息地なのだろう。

 標高240mの高山から歩き始めて、5時間余りで金糞山頂に達した。湖北での金属の精錬の跡を留める名を持つ名峰なのに、なぜか三角点も西側の白倉岳(1271m)に立てられ、この山にはない。神社のほこらや仏堂も見られず、山名と標高を刻んだ石柱が立っているだけだ。しかし、広い頂からは北に奥美濃の山々が一望でき、その眺めだけで十分だ。

   
◇地元山岳会が整備、下山は花房尾根ルートで 

 高山まで往復で下りるのでは芸がないので、西側に立つ白倉山頂を経て高山に戻る花房尾根ルートを取ることにし、休憩はそこそこにして西側の稜線を進む。この間はシャクナゲの花が終盤を迎えている。しっかりしたロープのある岩場を越えると、金糞山頂から30分ほどで三角点のある白倉岳山頂。金糞岳の山容がとらえられ、滋賀県側の山々がよく見渡せる。ここから南西に花房尾根を下る。間もなく北側の八草峠に向かう道との分岐点を通るが、峠への道は笹薮に覆われ、もう通ることはできないだろう。

 花房尾根の道も、5、6年前の登山者の記録には「潅木が縦横に繁っていて大変」などと書かれた状態だったようだ。しかし、いま実際に通っていると、道は草木に埋もれることもなく見通しがきき、赤テープや布の標識が迷いやすいところを中心につけられて快適に歩ける。かつて炭焼きなどのため使われていた山道も台風被害などで荒れ、人が通わなくなっていたところを、「浅井山の会」が10年がかりで整備したという。年2回はメンバーが草刈りなどを行っている継続の力の大きさに感じ入る。

   
◇時間かけ味わいたい標高ごとの表情

 ブナやミズナラの落葉広葉樹林を下っていくと標高1057mの奥山に着く。名前の通り、奥深い金糞山のそのまた奥という雰囲気のところだ。花房尾根は、中津尾根と違って広域林道と交差することもない。この日は出会う人もいず、東側の谷と稜線の展望を静かに味わうことができた。このあたりはヤマボウシの木が多く、6月になれば、花のように見える真っ白な包葉が樹林の中で輝くだろう。

 やがてヤマツツジなど低山帯の木の花がまた見られるようになり、スギの植林が現れて里が近づいてくる。尾根を離れて沢の流れの音が聞こえてくると、出発地のキャンプ場のサイトが見えてきた。ここから高山まで20分ほど歩き、6時過ぎ発のバスで長浜駅まで出た。

 この周回ルート、個人差はあるだろうが、8時間半ほどの長い行程で、朝は早立ちが欠かせない。しかし、時季や標高ごとの豊かな表情があり、眺望の変化も楽しめる。実際のところ、ほとんどの人が広域林道を車で標高1000m近くまで上がり、そこから山道を1時間ほど登って金糞山頂に立ち、同じ道を下りている。これでも「金糞山に登った」ことにはなるのだろうが、やはり秀峰・金糞山は点や線ではなく、できるだけ広い面で高さと深さを味わいたいものだ。


    里の田に早開き告げた「ノタの白雪」
                  
          
                     
                                           (文・写真 小泉 清)