大水害の教訓と支援の心を今に 堀家の看板              
 西吉野の山あい、吉野川支流の丹生川に沿った「南朝の里」賀名生。吉野から大峰にいたる山々を背後に背負い、北側には五條の街をはさんで金剛山地と連なるこの地は決して僻遠の地ではない。河内を拠点とした楠一族との行き来もしやすく、北朝からの攻撃をしのぐとともに京都回復に最後まで執念を燃やした後村上天皇や北畠親房らにとっては、最適の土地だっただろう。

 「南朝哀史」とよくいわれるが、この地を拠点とした南朝は敗戦一方ではなく、足利幕府での内紛に絡む形で対抗、一時的には京都を回復したこともある。賀名生という地名も、その念願が「かなう」ということからつけられたものだ。

  ◇頼られた時には損得抜きで支える生き方

 賀名生が抵抗の拠点になったのは地勢的要因に加え、この地域をまとめてきた堀家の存在が大きかったのだろう。現存の様式でも室町時代までさかのぼる堀家住宅の文化財的価値はもちろんだが、南北朝の時代の前から現代まで連綿として続く堀家の歩みも興味深い。

 堀家の現在の当主は信増から24代目の堀元夫さん(73)。商社マンとして海外生活が長かったが、退職後に帰郷。1998年に解体修理された堀家住宅を守り、「全国重文民家の集い」の役員として民家の保全活動にも携わっている。「自ら時代の前面に出ていくのではなく、頼られた時には損得勘定抜きで受け入れるのが、代々の堀家をはじめ賀名生の人々の生き方だったのです」という堀さんの話が印象的だった。

 堀家の先祖は承久の変で鎌倉幕府に立ち向かった後鳥羽上皇方についた熊野の別当・藤原湛全。その子の代からこの地に逃れ、堀と改姓したそうで、朝廷とのつながりの深さはひとかたならぬものがあるようだ。

 堀家は南北朝の時代だけでなく、その後も時代時代に名を刻んでいる。2004年に開館した歴史民俗資料館に展示された堀家伝来の戦国時代の胴。吉野地方に重税をかけるなど圧制を布いた筒井順慶に抗する為に戦い18歳で戦死した小次郎持吉が着用していたものだ。

  ◇紀伊半島大水害を機に公開、復興イベントも

 資料館に入ると、背丈より高い木の看板が迎える。125年の歳月で墨書はすでに薄れているが、表は「大塔村以南十津川水難地方出張員御休息所被降度候」、裏には「十ツ川移住者附属吏員御休宿被降度候」と読める。明治22年(1888)8月の十津川大水害の時、十津川へ至る西熊野街道に面した堀家の門前に掲げられていたとみられる。表は十津川への救援活動、裏は被災者が十津川村から北海道に向かう移住の際に使われたものだろう。当時の堀家の当主・堀重信が帰郷後、初代の賀名生村長になった直後だった。西吉野地方の被害は比較的少なかったが、つながりの深い十津川の救援に力を注いだ。堀家としても五條の伝来の山林を処分して移住資金に寄付したという。

 
 この看板は広い堀家の中で忘れられていたが、10年ほど前に見つかり土間に置かれていた。2011年9月に奈良県南部にも大きな被害をもたらした台風12号による紀伊半島大水害の後、堀さんから歴史民俗資料館に寄託された。

 
 紀伊半島大水害では、五條市南部の大塔(おおとう)町(旧大塔村)も大きな被害を受けた。大塔は後醍醐天皇の皇子、大塔宮護良(もりなが)親王が当地の豪族竹原八郎らに匿われたことに地名の由来がある南朝ゆかりの地。当時、堀さんは賀名生連合自治会長として五條市の他の連合自治会長と支援活動を始め、救援金を携えて大塔地区に向かった。こうした経緯から「災害はいつ起こるかわからないという戒めのためにも、この看板を広く見てもらいたい」と寄託することにし、11月に資料館で開かれた復興支援応援ライブで披露された。

 復興支援と言えば、今年も地元の人たちでつくる実行委員会の呼びかけで、4月7日に堀家住宅と広場で「しだれざくら クラフト&音楽祭」が開かれ、クラフト店の売上の一部と来場者の義援金が大塔地区の復興に役立てられる。呼びかけ人の小学校の先輩でもある堀さんも企画に賛同し、この日は堀家住宅を公開する。賀名生梅林の梅の花はその時までに散っているが、堀家住宅前のしだれ桜は満開となっているだろう。

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 堀家住宅は時期を限って有料公開している。見学希望者は往復はがきでの事前申し込みが必要。

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