*もうひと足* めぐりあいの祈り込め忠太郎地蔵尊                   

番場・蓮華寺の忠太郎地蔵尊   蓮華寺本堂横の小道を裏手にたどると、ミツバツツジの紅葉が彩る石段の上から「忠太郎地蔵尊」が、慈愛に満ちた表情けで立っている。長谷川伸(1864−1963)の戯曲「瞼の母」の主人公・番場の忠太郎にちなんで1958年に建てられたお地蔵さんだ。台座には「親をたづねる子には親を、子をたづねる親には子をめぐりあわせ給え」という伸の願いが刻まれている。

 「瞼の母」は、「番場宿の旅籠に嫁入りしたが、夫の身持ちの悪さから家出をして江戸の料理屋の女将になり、後妻に入ったおはま。番場に残された子の忠太郎は、やくざ稼業をしながら江戸に来て母を探し当て『おッかさん』と呼びかけたが…」という筋書きの1930年に書かれた母子もの。伸自身も3歳の時に母と生き別れ、再会したのはこの3年後の49歳の時だったという。中山道を旅した時、この寺に立ち寄って心を揺さぶられたことが、番場を自らの体験を投影した作品の出発点とするきっかけになったといわれる。

 自身の母への再会への思いが込もったこの地蔵には、今も根強い人気を持つ長谷川伸の読者らの訪問が絶えない。伸が執筆によく使った栃木の塩原温泉の旅館の人も来たそうで、「番場忠太郎」がとりもつ出会いが広がっている。

 一人で静かに手を合わせて立ち去る中年の人もいる。生き別れに限らず、家族が揺れ動く時代にあって親への、子へのそれぞれの思いが寄せられているのかもしれない。
                                       (文・写真 小泉 清)

                                                                 →本文のページへ戻る