伊勢神宮の東側に連なる朝熊山(あさまやま)。標高555mながら伊勢・志摩の人々には「死者の魂の還る場所」としてあがめられてきた山だ。内宮から山頂に至る古くからの参詣道「宇治岳道(うじたけみち)」をたどると、この山をはじめ限られた地域だけに自生するジングウツツジ(神宮躑躅)が、青葉の中で満開となっていた。

  「魂の還る山」に輝く五月

 五十鈴川の橋を渡り、神宮司庁舎の北側を東に折れて山の中に入っていく。内宮周辺は朝からお伊勢参りの人々が行き交っているが、この宇治岳道はにぎわいと無縁の静けさだ。しかし、この道は江戸時代に「お伊勢参らば朝熊をかけよ、朝熊かけねば片参り」と唄われたように、伊勢参りの人には欠かせない登拝道で、一丁ごとに建てられた里程を示す町石と石仏が、今も登山者を導いてくれる。昭和13年から数年間と戦後の一時期は乗り合い乗用車が運行していたそうだ。伊勢湾台風などで一時荒れて、今はあまり紹介もされていないコースだが、地元の早朝登山者らしい人と何人か出会った。

 山道を30分ぐらい登ると、標高200mを超えたあたりから緑の葉の中に赤紫色のジングウツツジの花が見えてきた。花は直径3〜5センチで意外と小ぶりだが、花の色合いも葉の色、形も他のツツジと違った感じでよく目立つ。ミツバツツジと同様、3枚の葉がつくが、花と比べ大きめでつややかだ。木の高さは2−4mくらいの低木で幹も細いが、花も葉も名前負けしない見栄えのあるツツジだ。

 出会った人に聞くと、咲き始めたのは15日くらいから。すでに落ちている花もあるものの、まだつぼみのものも多く、6月初めまでは楽しめそうだ。山道沿いにはモチツツジの花も残っていたが、こちらは終盤。ジングウツツジは他種と交代するように咲き、ツツジの中でもかなり特異な存在のようだ。

  ◇神域からの自然林が続く宇治岳道

  伊勢周辺の自然にくわしい研究者によると、ジングウツツジは伊勢神宮から朝熊山にかけての森をはじめ、三重県や愛知県の限られた蛇紋岩地帯だけで自生するという。蛇紋岩は土が弱アルカリ性になるため、ツツジでもこの性質に合った種が育つとのことで、朝熊山域でも宇治岳道と、山頂から志摩方面に南に向かう道沿いの狭い範囲に限られるそうだ。朝熊山への登山路は、今では北側の朝熊岳道がメインとなっていて、下山はこの道を使ったが、こちらではジングウツツジは一株も見当たらなかった。

 尾根道のすぐ北側を日本最大の断層系・中央構造線が走る。この変成岩の蛇紋岩は、伊勢志摩の海と山の景観を創造した大地の動きがつくり出したもので、ジングウツツジはその伊勢志摩の長い自然の歩みの上に咲いた花といえるだろう。一時、車で来て持ち去る人が多く激減したそうだが、この道沿いではほぼ回復してきたようだ。

 ジングウツツジは標高400mくらいまでで途切れるが、道沿いの木としてはシロダモ、ヤブツバキなど常緑樹が多く、特に海岸部に見られるウバメガシが目立つ。朝熊岳道の方は杉やヒノキの造林がかなり進んでいるのに対し、宇治岳道は伊勢神宮の神域から続く森を通るだけに自然がよく保たれている。

 宇治岳道は、北側の朝熊岳道よりも距離は長いが、その分傾斜は緩やかなので息切れもせず、樹木を見たり、志摩の山並みを眺めながらゆっくり登ることができる。登り口から8・6キロ、2時間半ほどで朝熊峠に着き、朝熊岳道と合流する。戦前まで旅館や茶店があった跡の広場からは、伊勢湾を遠望できた。

 (私としてはお勧めの宇治岳道だが、犬が苦手な人には1か所留意すべき“難所”も。朝熊峠の手前の道沿いに家があり、そこの飼い犬らしい犬に道のすぐ近くまで来られて吠え立てられる。鎖はつないでいるのだが、あまり心穏やかには通れない。関係者や伊勢市などが少し考えて改善されれれば、自然観察コースやも歴史の道とし
てより広くアピールできると思うのだが・・・。)

 ◇戦争の時代問いかける竹内浩三の小さな詩碑

 このあと、八大龍王社の建つ山頂を踏んでから金剛證寺に向かう。現在は臨済宗だが、6世紀に修験僧の暁台が開き、後に空海も登ったといわれ、徳川家康が篤く崇敬した古刹。伊勢神宮とのかかわりも深く、お伊勢参りの民衆も神と仏を合わせて拝もうと登拝してきたのだろう。奥の院に通じる竜宮城のような極楽門をくぐると、高さ5mを超える大きな卒塔婆が林立していた。

 この奥の院参道脇に建てられているのが竹内浩三の墓と「骨のうたう」の詩が刻まれた小さな碑だ。1921年(大正10年)5月12日に宇治山田市(現伊勢市)の商家に生まれ映画の道を目指していた浩三は、45年4月9日にフィリピンの高地で戦死したと公報されているが、60年代以降「戦死やあわれ 兵隊の死ぬるや あわれ」で始まるこの詩や、筑波山麓の兵営でつづられた日記や手紙が明らかにされ、反響を呼んできた。

 浩三は誕生月の5月が特に好きで、「青空のように 五月のように みんなが みんなで 愉快に生きよう」と結ぶ詩「五月のように」を20歳の誕生日に書いている。詩碑のかたわらのドウダンツツジの白い小さな花はすでに散っていたが、青空の下でジングウツツジをはじめさまざまな花が咲き継がれる5月。竹内浩三の魂もこの山に還ってきているのだろうか。
                                           (文・写真 小泉 清)

           詩人・竹内浩三を育てた伊勢志摩の山と海

          生誕90年 今に響く「ながいきをしたい」の叫び




朝熊山のジングウツツジ
  
 ☆遠望近景

<満開>

<宇治岳道 >

<展望>

<金剛證寺>

<竹内浩三の詩碑>
    ◇案内情報

花期 5月中旬〜6月中旬

交通 宇治岳道は近鉄五十鈴川駅か伊勢市駅から三重交通バスで内宮前か神宮会館前下車。朝熊岳道は近鉄朝熊駅から

電話 伊勢市役所(0796・21・5565)

    2011年5月25日取材
つややかな3枚の葉の中で赤紫の花が映えるジングウツツジ。新葉の出揃った後で開花する

三重県伊勢市

朝熊山(あさまやま)のジングウツツジ