東播磨のため池のオニバス  兵庫県明石市          

   
                
  
 
    
とげが並ぶ浮葉と紫の花。種のほとんどは水中の閉鎖花からでき、水上に咲く花は少ない

  ・花期  8月中旬~9月中旬
・交通案内  稗沢池はJR山陽線土山駅から東へ歩いて15分、江井ケ島の大池、新池は山陽電車西江井島駅から東へ歩いて15分
電話 明石市役所(078・912・1111)
                 =2005年8月20日取材、2015年8月27日再訪=
        
 日本で最もため池が多いという兵庫県の東播磨地方。盆を過ぎても猛暑が残る日の朝、JR山陽線土山駅(播磨町)から国道2号線を明石へ歩いた。国道沿いに事業所や店舗が建っていく中で大小のため池が残っている。国道から南に入っていくと稗沢(ひえさわ)池と呼ばれる周囲500mほどの池が水をたたえ、南側の方の水面に直径1mを超すオニバスの円形の浮葉が広がっていた。浮葉を目で追っていくと、5か所くらいで葉の上に花柄が出て紫色の花が伸び上がるように開いている。

   命支える水とともによみがえる

 岸辺から離れ、ハスのように開ききらないので中の様子はわかりにくいが、花びらが無数に重なっている。オニバスの花には水中で花を開かないまま自花受粉して実をつける閉鎖花がほとんどで、水面上で花を開く開放花は一部。緑の葉が広がる中でわずかに顔をのぞかせる紫の花は高貴さを感じさせる。

 このオニバス、以前は各地の池で見られたものが池の埋め立てや水質の悪化で生息環境が脅かされ、兵庫県でも絶滅危惧種とされる水草だ。昨年夏も生息地として知られる明石市江井ヶ島の新池、大池などのため池を回ったが、残念ながら水上の花は見つけられなかった。それだけに稗沢池で初めて見たオニバスの花は夏の日差しの中で一層鮮やかに見えた。

 池を一周すると、オニバスのさまざまな姿がとらえられて面白い。大きい葉は直径2mくらいまでに広がっているが、表面にも長さ2cmくらいのとげが伸びている。葉の上には鳥やハチが止まっていて、水を飲んだりえさを食べたりするのに絶好の場所のようだ。大きく展開する前の葉は、丸まって鉢のような形で水がたまっている。浮葉がめくれて裏側が見えるものもあり、表と違って赤紫で、太い葉脈が網状に走っている。

 春に種から芽が出て初夏から葉を広げ、夏の終わりに花を咲かせて実をつけ、秋には新しい種をつくって葉が沈むという1年ごとのサイクルを繰り返すオニバス。その一生でも今は一番の盛りなのだろう。

 オニバスは南側の池の2割くらいの水面に広がるが、残りの水面を覆っているのはヒシ。鮮やかな緑の葉は名の通りひし形で、葉柄のところどころが膨らんでいて浮き袋になっている。水辺にはヒメガマが高さ2mくらいまでに背を伸ばしている。

 池のすぐ前に30年前から住む高井まち子さん(63)に尋ねると、「排水が流れ込んだりゴミが捨てられたりして水が汚くなりオニバスも姿を消していました。でも、工場が移転し、自治会で不法投棄を防ぐ呼びかけを続けた成果で水質が良くなったためか、4、5年前からまた見られるようになりました。身近に自然が残る池があると気持ちがいいですね」と喜んでいた。

  ◇たらいに乗ってヒシの実採りおやつにした昔

 新たな宅地化が進むとはいえ、池の周囲の福里には古くからの家も残っている。付近で最長老の荻野安男さん(90)も稗沢池がいつ掘られたかは知らなかったが、「この近くは川の水量も限られ、周囲の村との水争いも絶えなかったそうです。稗沢池はそれほど大きくないので水を引いていたのは2町(1・9ヘクタール)くらいで、他は井戸水に頼っていたのですが、それでも貴重な水源でした」などと話してくれた。

 「子供のころはオニバスが池の6割くらいを覆っていましたが、とげがあるので好きではありませんでしたね。この池のヒシもツノが多くて触ると痛かったのですが、たらいに乗って採りにいく仲間がいて、皮をむいてそのまま食べたり蒸したりしておやつにしていました」と池にまつわる思い出は多い。

  ◇天然の貯水池、草刈りなど保全続ける

 現在、この池を管理している福里水利組合によると、今では農業用水の大半は川からの分流でまかなわれ、ため池の水を使うことはほとんどないという。「それでも、大雨の時など天然の貯水池になり、池を埋め立てて売ったりする話はありません」と組合長さん。昨年末には3年ぶりに池の水を抜いて廃棄物を引き上げ、年1回は周囲の草刈りをするなど役員10人を中心に池の保全活動を続けている。

 オニバスの種は50年以上も休眠するものもあるそうだ。残っていた種子が水質の改善とともに再び成長したのだろうが、暮らしの中で自然にため池を気遣ってきた人々がいてこそ、稗沢池のオニバスがよみがえったのだろう。

 私の住む大阪市近辺でも昭和30年代までは普通に見られたため池の多くは「不用な存在」とされて、宅地や学校の用地として埋められ姿を消していった。しかし、この小さな稗沢池でもオニバス、ヒシをはじめとした水草、これに引き寄せられる昆虫や鳥など多くの生物と出会える。人と水のかかわりも伝えるため池の水辺を歩くと、炎天下でもさわやかな風を感じる。
  
    (文・写真  小泉 清)                                 
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