大阪市東淀川区

町なかの社に育つ木から心安らぐ香り

 寒い冬が一段落した日の昼過ぎ、今年初めての梅の花を見に行きたくなった。こういう時には家から最も近場の梅どころ・松山神社がありがたい。阪急京都線でも乗換駅の十三から各駅停車で4駅目の上新庄で降り、同駅のレンタサイクルで自転車を借りて小松商店街を抜け、神崎川の方に走ると程なく、石の鳥居と灯籠の残る公園がある。公園の中の参道を通って朱色の御神門をくぐると、大阪の町なかとは思えない静かな梅苑となっている。

 四条畷神社の旧社殿を移築した拝殿はなかなか立派で、向かって右側に太宰府天満宮から贈られた飛び梅、左側には北野天満宮からの紅梅が植えられている。枝垂れ梅など開花はまだ三分くらいの梅が多いが、紅梅はほぼ満開となっている。境内を回ると社殿の横から裏まで、紅白の梅がいっぱい植えられている。よく見ると、ほとんどの木に寄贈者の個人の名や事業所の名を書いた札がかけられている。古くからの梅の名所の社寺と一味違った梅どころだ。

 由緒からたどると、平安時代、菅原道真が太宰府に流されるため淀川を下る途中に、小松が生い茂る中島の景観を見て詩を吟じ「この地に本心留め置くべし」との言葉を遺したことから、地元の人が祠を建てたという。江戸時代には天満宮として社殿が整い、明治になって松山神社に改称。一時は大隅神社に合祀されたが昭和19年に地元の強い要望で再び独立したという。大戦末期にどういう経緯があったのか今ではわからないが、「天神さん」に寄せる地域の人々の気持ちは、生死もおぼつかない戦時下だからこそ強まったのだろう。

 この日は宮司さんは出ておられたが、3年ほど前に初めて参拝した時うかがった話を思い出した。松山神社は道真のゆかりで昔から梅の名所かと思われるが、梅の木を本格的に植え始めたのは30年ほど前からとのことで意外と新しい。地域の熱意で再生した神社だけに、梅の植樹も多くが地元企業の寄付で実施、お宮参りの時には、記念に梅の植樹を合わせて行う親が多かったという。植える場所がいっぱいになったので今は休止しているが、梅の木とともにすくすく育ってほしいという気持ちを託せると好評だったそうだ。

 この数日の陽気に誘われて開花も進んでおり、今年は2月27日の梅花祭にかけもっと華やかになっていくだろう。社殿の裏手に回ると、ジンチョウゲが葉の間に赤紫のつぼみをつけている。社殿の真後ろには樹齢300年とされるクスノキの木が枝を伸ばし、冬の時期はとりわけ葉の常緑がまぶしい。

 神社の北側と東側には工場が操業していたそうだが、数年前に移転し、跡地にマンションが建っている。景観の面から気がかりだが、クスノキの大木が社殿を守るようにひかえている分、マンションがそう目障りにならないですんでいる。存在感が大きい古木だ。

 境内には木々や草花だけでなく、江戸末期に奉納された道真ゆかりの「撫牛」(なでうし)、持ち上げれば若衆入りを認められた旧小松村の「力石」など地域の歴史を物語るものも置かれ興味深い。そう広い敷地ではないのだが、社殿裏には大岩が置かれた奥宮の磐座(いわくら)もあり、静かな雰囲気に浸れる。平日の朝でも参拝して境内を巡る人が絶えず、車椅子を押してもらって訪れる高齢者や体の不自由な人も目立ち、多くの人々に自然に親しまれている神社なのだろう。

 社殿裏の草木に囲まれた石碑に「この町社 誇りと宝の 梅祀る 凡夫」と刻まれていた。近所で俳句を教えていた熊倉凡夫さんが20年ほど前に詠んだ句といい、「町社」という呼び方に、この町とともに歩んできた神社のたたずまいが感じられる。

 梅の木の本数は全部で150くらいだが、気軽に梅の香りを楽しめる町なかの名所として、これからも大きく育っていってほしいものだ。

◇雪鯨橋、江口の里…おちこちに歴史の光


 駅への帰り道、全国で唯一、クジラの骨で作った橋「雪鯨橋」がある瑞光寺に立ち寄った。江戸中期に潭住知忍住職が紀州・太地浦を通った時、クジラの不漁で生活に苦しむ村人に豊漁祈願を頼まれ、殺生禁断の教えとの間で悩みながらも祈願。豊漁の礼にと村人が無理に瑞光寺に寄進した鯨骨で橋をつくりクジラの冥福と、すべての命の大切さを祈ったという。

 現在の六代目の橋は2004年と2005年の調査捕鯨で捕獲したクジラの骨を使ったと説明されている。日本の捕鯨を巡っては欧米やオーストラリアと摩擦が絶えず、この調査捕鯨さえ反捕鯨団体の妨害で存続が危ぶまれている事態となっている。「雪鯨橋(せつげいきょう)」を見ると、生命の尊重に思いをいたしながら、人間が生きるため利用をしてきた日本人の捕鯨の歩みが少しは伝わると思えるのだが…。

 淀川本流と神崎川にはさまれた松山神社周辺は、鎌倉時代まで京都と西国を結ぶ交通の要衝として繁栄した江口など興味深いところが多い。一見、殺風景な建物や道路の間にも、思わぬ歴史の宝が光っている。


   ◇案内情報

花期 2月中旬〜3月中旬

交通案内 阪急京都線上新庄駅から北東へ歩いて15分。周辺を回るなど同駅のレンタサイクル(1日300円)が便利

電話 松山神社(06・6328・3875)

      2011.年2月19日取材


  ☆ギャラリー

<公園の白梅>

<道沿いに開花>

<小松>

<クスノキ>

<瑞光寺の雪鯨橋>

<江口君堂>

松山神社の梅

いち早く満開となった紅梅。境内には訪れる人が絶えない

このページは2011年4月本スタートの予定です。